日めくり汀女俳句 №53 [ことだま五七五]
六月二日~六月三日
俳句 中村汀女・文 中村一枝
六月二日
今日の日の凌霄花(のうぜん)にまで傾きし
『汀女句集』 凌霄花=夏
さわやかな風の吹く雨上がりの夕方だった。二階の居間で暮色の迫る柔らかな色合いの空を眺めていた時、目の前のベランダに張られているビニールの紐(ひも)の上をつつーつと何か黒いものが横切った。あっと思った瞬間、それはベランダに張り出した温室の屋根によじ上りやがて姿を消した。体長二十センチの黒い鼠。声もなくみつめていた私はテレビの動物画像をゆったり眺めていたような気分で笑ってしまった。躍起となっている人間などどこ吹く風、人間の知恵など知れたものよ、とその表情は語っていたのだ。
今日の日の凌霄花(のうぜん)にまで傾きし
『汀女句集』 凌霄花=夏
さわやかな風の吹く雨上がりの夕方だった。二階の居間で暮色の迫る柔らかな色合いの空を眺めていた時、目の前のベランダに張られているビニールの紐(ひも)の上をつつーつと何か黒いものが横切った。あっと思った瞬間、それはベランダに張り出した温室の屋根によじ上りやがて姿を消した。体長二十センチの黒い鼠。声もなくみつめていた私はテレビの動物画像をゆったり眺めていたような気分で笑ってしまった。躍起となっている人間などどこ吹く風、人間の知恵など知れたものよ、とその表情は語っていたのだ。
六月三日
鷺(うぐいす)やさみだれ小止(こや)みながきとき
『汀女句集』 五月雨=夏
中学生の頃、猫を飼っていた。ルビという名のトラ猫。布団に一緒に寝るほど愛していたのに、ある時から毎晩鼠をとって私の枕元に持ってくる。はめて貰いたい気持ちは分かるが、血だらけの鼠には父も母も参った。私の知らないうちに頼んで捨てて貰った。怒った私は日記帳に「憎むべきは尾崎士郎」と書いた。父はそれを読んだのだ。
「実はおどろきかつあきれて、このバカ娘めと思ったとたん、その言葉に一種名状することのできない動物的な親愛感と、抵抗力をかんじた」
何かの文章に記している。
鷺(うぐいす)やさみだれ小止(こや)みながきとき
『汀女句集』 五月雨=夏
中学生の頃、猫を飼っていた。ルビという名のトラ猫。布団に一緒に寝るほど愛していたのに、ある時から毎晩鼠をとって私の枕元に持ってくる。はめて貰いたい気持ちは分かるが、血だらけの鼠には父も母も参った。私の知らないうちに頼んで捨てて貰った。怒った私は日記帳に「憎むべきは尾崎士郎」と書いた。父はそれを読んだのだ。
「実はおどろきかつあきれて、このバカ娘めと思ったとたん、その言葉に一種名状することのできない動物的な親愛感と、抵抗力をかんじた」
何かの文章に記している。
六月四日
くず桜雨は街音遠くする
『軒紅梅』 葛餅=夏
この句を見ていると、急に菓子やの店先に並ぶくず桜の、桜の薫に包まれた姿が目に浮かび、思わず口の中にまろやかな味がとけ込 んできた。
日本の菓子の風雅さは言わずと知れた事だが、目で見て味わい、舌に転がして感じ、の どごしに収まっていくまで、何度も転調を重ねる豊かさ、日本の菓子はやはり芸術に近い。
汀女は全国各地の菓子店から頼まれ、その菓子一つ一つに句を詠んでいる。菓子への思いは料理より深かったのかも知れない。
「小豆ってね、ほんとうにおいしいじゃない」
汀女が不図つぶやいた言葉を思い出した。
くず桜雨は街音遠くする
『軒紅梅』 葛餅=夏
この句を見ていると、急に菓子やの店先に並ぶくず桜の、桜の薫に包まれた姿が目に浮かび、思わず口の中にまろやかな味がとけ込 んできた。
日本の菓子の風雅さは言わずと知れた事だが、目で見て味わい、舌に転がして感じ、の どごしに収まっていくまで、何度も転調を重ねる豊かさ、日本の菓子はやはり芸術に近い。
汀女は全国各地の菓子店から頼まれ、その菓子一つ一つに句を詠んでいる。菓子への思いは料理より深かったのかも知れない。
「小豆ってね、ほんとうにおいしいじゃない」
汀女が不図つぶやいた言葉を思い出した。
『日めくり汀女俳句』 邑書林
2020-02-28 08:22
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