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ケルトの妖精 №22 [文芸美術の森]

ノッカー

            妖精美術館館長  井村君江

 イギリス南西部に突き出たコーンウォール半島の西のはずれ、セント・アイヴス近くのトェドナック村に、パーカーという怠け者の坑夫がいた。
 この男は怠け者のくせに、要領だけはよく、いつもなにか甘い汁を吸うことを考えていた。
 この地方の鉱山には妖精ノッカーが住んでいて、気にいった坑夫には、コツコツと音をたてて、よい鉱脈のありかを教えてくれるといわれていた。
 その話を聞き知ったパーカーは、毎日よい鉱脈を掘っているノッカーなら、鉱脈のありかは教えてくれないにしても、きっとどこかにたくさん宝物を隠しているにちがいない、と思いついた。
「よし、ノッカーの宝のありかをつきとめてやろう。連中の出てきそうな場所に隠れていれば、きっと宝のありかを話し合うにちがいない」
 怠け者のはずのパーカーが、それからは一日も怠けることなく、自分の仕事は投げだして、ノッカーの出てきそうな場所をうろついた。
 妖精はたいてい秘密好きなのだが、地下の妖精ノッカーはとくに姿を人に見られることをいやがった。
 ある日のこと、パーカーはつるはしやシャベルを持ったノッカーたちが、小さな坑道に入っていく姿を見かけた。
「見つけたぞ」とほくそえんだパーカーが、近くのシダの茂みに隠れて待っていると、仕事を終えたノッカー1たちがつぎつぎと坑道から出てきた。
「今日は道具袋をどこに隠そうか」と、ひそひそ話をしている。
「道具袋を隠すのなら、宝物もそこに隠すにちがいない」
 パーカーはシダの茂みに隠れてわくわくし、「あとから出かけていって、ごっそりいただくことにしよう」と、おもわず小声に出してプツプツとつぶやいた。
 ノッカーのひとりがパーカーに気がつかないようすで、
「おれは、シダの茂みに隠そう」
 と言って、シダの茂みのなかに道具袋をおいた。
「よし、シダの茂みだな」、忘れないようにパーカーは口のなかで言った。
「おれは、この岩の割れ目にするぞ」
 ふたりめのノッカーが言って、重い道具袋を、ガサゴソと岩の割れ目に押しこんでいる音がした。
「よし岩の割れ目だな」、忘れないように、またパーカーはつぷやいた。
 三人めのノッカーが歩いてきて、
「おれは、パーカーの膝の上におこう」
 と言ったとたんに、見えない重い道具袋がどさっとパーカーの膝の上に落ちてきた。
 パーカーの足はそれから動かなくなってしまい、一生不自由に暮らすことになってしまった。
 コーンウォール地方の人々はいまではリューマチで膝が動かないときに、「パーカーの膝みたいに動かない」という表現を使っている。

◆ 地下の妖精はたいていコツコツと鉱物を掘っていて、人間には無害だ。ドイツの妖精コボルトとか、『白雪姫と七人の小人』の小さくて働き者のドワーフとも似ている。ドワーフはブリテン諸島よりもドイツ、スイス、そしてリユーゲン島でのほうがふつうに見られる妖精である。
 人間は、働き者の妖精の仕事の邪魔をしないのが賢明で、坑道で口笛を吹いたり、ののしり声をあげたり、十字を切ったりしてはいけないとされている。
 コーンウォールは、一九世紀まで地下の鉱脈から鋼や錫がさかんに掘り出されていた。いまではほとんど廃坑となってしまい、崩れかけた採掘所に高くそびえる煙突だけが、かつての地下の栄光を示すように空を突きさして立っている。おもしろいことに月夜にはここで妖精が遊ぶのだといわれてきた。
 コーンウォールには、ノッカーはキリストを礫にする十字架をつくる手伝いをしたユダヤ人の幽霊だという言い伝えもある。だから、最後の審判の日まで地下で働くよう運命づけられているというのだ。たしかに、二世紀ごろ、ユダヤ人がこの地方で鉱山労働に参加していたことがある。セント・アイヴスに近いランズ・エンドあたりに、「ユダヤ人の家」と呼ばれる原始的な鉱石の精練所がむかしあったといわれ、民間に妖精の話が伝わっていくうちに、こうしたことと混じりあっていったのだろう。

『ケルトの妖精』 あんず堂

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