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ケルトの妖精 №21 [文芸美術の森]

ピクシー 2

             妖精美術館館長  井村君江

イングランド南西部地方のサマーセットやデヴォン、コーンウォールにかけて出没するピクシー(ピグシー、ピスキー、バグシーといろいろに呼ばれる)は、妖精ぜんたいを意味する言葉として使われるほど親しまれている呼び名である。アイルランドでプーカが妖精を代表する名前であるのに近い。
 ピクシーは赤い髪、とがった耳、そりかえった鼻、短い顔、やぶにらみの目で、緑色のぼろを着ている。
 ヒースと岩ばかりの荒野で、旅人がひと晩じゅう引きまわされて沼に落ちたり、馬に化けたピクシーの背からふり落とされたりすることがある。わが国の狐や狸が化かすのに似ていて、ピクシー・レッド(ピクシー化かし)といわれている。
 ピクシーは馬に乗って輪を描き、そこを自分の勢力範囲にする。この輪はガリトラップと呼ばれている。この輪のなかに入ってしまい、ひどい目にあった人の話がたくさんある。
 プリンスタウン近くの荒れ地、ダート・ムーアで、旅をしていたジョン・フィズ卿という人は、気づかずに同じ場所をぐるぐると、一晩じゅう歩きまわらされていた。疲れて道ばたの水を飲んで休んだとき、まちがって上着を裏返しに着たところ、居場所も道も見えて、やっとガリトラップから抜けだせたということだ。上着を裏返しに着ることが、ピクシー・レッドから抜けでる方法であった。このときの泉はフィツツの泉と呼ばれ、この出来事があった一五六八年の日付がそばの石に刻まれて残っている。
 ハーンウォージーの農民がピタシーの集会所の岩場(ピクシー・パーラー)に、それと知らずに家を建てたときは、もっとたいへんだった。
 その家の母親が居眠りをしていると、いつのまにか赤ん坊がいなくなっていた。それから夜の闇のなかから、うす気味悪い笑い声がした。ピクシーの仕業だとわかったから、農民はあわてて近所の人の手を借りて、建てたばかりの家を壊した。
 隣の家に世話になって、暖炉のそばにきれいな水をくんでおいた。
 そして恐れと悲しみで母親が疲れ果ててまどろんでいると、いつのまにか赤ん坊が炉端の敷物の上ですやすや寝ていたという。
 デヴォン州オッカリーの家路を急ぐおばあさんが、路上でピクシーをつかまえ、手さげの籠に入れたが、いつのまにか逃げられた話もある。
 仕事を終えた夕暮れどき、籠をさげたおばあさんがある橋のたもとまで来ると、目の前に四十センチ余りの小さなものがぴょんぴょん跳ねていた。おばあさんにはそれがピクシーだとわかった。ピクシーは、旅人をいつも同じ場所をぐるぐる回らせていたずらをするので、お婆さんは用心して歩いていった。
 そのうちピクシーがおばあさんのほうに向かってぴょんぴょん跳ねてきたので、ひょいとつまみあげて、籠のなかに放りこんだ。それからしっかり蓋をしてしまった。ピクシーはおばあさんの籠のなかで跳ねまわるには大きすぎたが、訳のわからないことを早口でしゃべったり、どなったりしていた。おばあさんは早く帰って家族のみんなに見せて自慢しょうと足を速めた。
 しばらくすると、籠のなかで騒いでいたピクシーが急におとなしくなってしまった。おばあさんはピクシーがふてくされてしまったのか、さもなければ寝てしまったのかと、思った。ちょいとのぞいてやろうと思ったおばあさんは、蓋を注意ぶかく開けてみた。すると、籠のなかにピクシーの姿は影も形もなかった。まるで蒸発してしまったようにどこかに消えてしまったのである。
 それでもおばあさんはピクシーをつかまえたことがうれしくて、みんなに吹聴してまわったということである。


『ケルトの妖精』 あんず堂


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