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ケルトの妖精 №20 [文芸美術の森]

ピクシー 1

            妖精美術館館長  井村君江

 ハングリー・クリープへ通じる道の途中に、飲んだくれのモールという農夫が住んでいた。この農夫は麦や豆を持って市場に出かけると、財布がすっからかんになるまで家に帰ることはけっしてないし、いつも飲んだくれていて女房や子どもにみじめな暮らしをさせている、ひどい奴だった。
 しかしモールの馬は、主人が馬の頭も尻尾も見わけがつかないくらい酔っぱらっていても、自分の背に乗。さえすれば主人を家へ連れて帰ってきてやった。しかし、モールは大声で歌ったりわめいた。しながら、後ろ向きに乗って帰ることもしばしばだった。馬から転げ落ちて、道の脇の溝にはまって眠りこんでいることも珍しくなかった。
 こんなにひどい亭主なのに、おかみさんはひと晩じゅう起きて待っていた。でなけりゃ帰ってきた亭主に、自分ばかりでなく子どもまでさんざんに殴られるからだった。
ピクシーが、そんな家族のようすを見かねて、モールにお灸をすえてやることになった。 ピクシーは馬の扱いには慣れていたので、周を驚かせてみようかと思ったが、これはやめにした。なにしろこの馬は足が強いうえに道をよく知っていたから、愚かな主人を家まで届けるくらいのことは朝飯前だったからだ。
 霧の深い晩だった。モールはいつものようにしたたかに酔っぱらって、口汚くののしりながら馬の背に揺られていた。
 すると道をそれた霧のなかに、やけに明るく灯る火が見えた。モールはこれを見て、
「女房の奴め、あんなに大きなロウソクをつけおって、もったいない。叩きのめしてやるぞ」とわめき、家に着いたら女房をぶん殴ってやろうと杖を振りまわした。
 ところが馬は、明るい火のほうには進まないで、ずんずん先へ歩いていった。
「やい、家はこっちだ。止まらんかい。アホな馬め!」
 モールはどなった。それでも馬はちっとも止まろうとせず進んでいった。
 馬のほうは、それがピクシーの灯す火で、道の脇に広がっている暗くて深い沼の上にチラチラと灯っていることを知っていたのだ。
 そちらへ歩いていけば、底無し沼のなかに人も馬も沈んでしまうのはあきらかなのだ。
 だがモールはどなりつづけた。
「アホ、行かんかい、家へ行くんだ」
 そしてピクシーの火が灯っている沼のほうへ馬を進ませようとした。
 しかし馬は四本の足を踏んぼって、頑としてそちらへ行こうとはしなかった。
  怒り狂ったモールは馬の頭を、持っていた杖でぴしゃりと叩くと、馬からおりて火に向かって歩きだした。が、二歩と歩かないうちに泥沼に足をとられて倒れこみ、それから沼に飲みこまれるように姿を消してしまった。
 馬は足早に家に帰ってきた。女房は馬の背に亭主がいないのと、馬の足が沼の泥で汚れているのを見て、なにが起きたのかを知った。
 それから、どうしたかといえば、家じゅうのロウソクに火を灯して、喜びの踊りを踊ったのだった。
 それからは、この女房は、夜になるとどクシーの赤ん坊が行水できるように、たらいにきれいな水を張ってやり、暖炉をかたづけてピクシーたちが踊れるようにしてやった。
 おかげで家は栄えるし、あの馬もいまでは丸々と太って、まるで豚のようになっているということだ。

『ケルト旺盛』 あんず堂

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