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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い」№27 [文芸美術の森]

            ≪シリーズ琳派威力≫
                         美術ジャーナリスト 斎藤陽一
          第27回:  尾形光琳「八橋蒔絵硯箱」 その1 
      (18世紀。国宝。24.2×19.8×高11.2cm。東京国立博物館)

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≪飾りと遊びとアニミズム≫

 第16回から前回(第26回)まで、尾形光琳の絵画(「燕子花図屏風」と「紅白梅図屏風」)を見てきましたが、光琳の画業は、絵画と工芸の垣根を飛び越えたところで展開されました。それは、「生活を豊かに彩り、飾る」という日本古来の美意識を受け継いだものでした。
 ですから、その対象は、屏風から襖といった大きなものや、床の間を飾る掛け幅といった絵画作品だけでなく、着物、扇、団扇、陶器、漆器、食器、装身具等、身の回りの調度全てにいたる幅広いものでした。屏風や襖もまた調度品としての役割をもっていますね。
 身の回りの調度に飾りをつけ、目を楽しませ、暮らしを彩ること、それを日本の絵師たちは、昔から、ことさら“美術制作”などとは意識せずにやってきました。これを、最も豊かに、かつ華麗に展開したのが「琳派」です。とりわけ尾形光琳は、生活を彩るさまざまなものに絵を描きました。

 今回は、そのような調度品の中から、光琳作「八橋蒔絵硯箱」を見たいと思います。これは、光琳の特質を存分に発揮して制作した、蒔絵と螺鈿(らでん)による美しい硯箱です。

 器には、八橋と燕子花だけが描かれていますが、主題は『伊勢物語~八橋』から採られています。これは、尾形光琳をはじめ琳派の芸術家たちがとりわけ好んだ物語です。これまでの回で取り上げた尾形光琳の「燕子花図屏風」も『伊勢物語~八橋』を主題にしていましたね。
 
 もう一度繰り返しますと、『伊勢物語』は、平安時代の貴族で美男子として知られた在原業平と思われる男を主人公とする“歌物語”です。
 その中にある「八橋」の章は、主人公の貴公子が、京を離れて東路を下る途中、三河の八橋で、一面に咲く燕子花を見て歌を詠み、都に残した恋人を思って涙するという場面です。
 その時、男が詠んだ歌は:
 「から衣 きつつ慣れにし つましあれば 
                              はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ」

28-2.jpg ところが、光琳の「燕子花図屏風」では、屏風絵のどこにも業平らしき人物は描かれていませんでした。それでも、この屏風を見た当時の教養ある上層階級の人々は、これが『伊勢物語』の場面と解かりました。それどころか、人物が一切描かれていないことを、かえって、判じ物として面白がったようです。

 これまでも述べたように、古典や和歌などに題材を求めながら、人物を一人も描かず、状況さえ描き込まずに物語を暗示させるという表現方法は、しばしば日本美術では用いられてきました。これを「留守文様」と言ったりします。大きくつかめば、日本文化全般に見られる「暗示の美学」という美意識ですね。
 
 尾形光琳は、この「八橋蒔絵硯箱」でも、主人公の在原業平や従者といった人物を描かずに、八橋と燕子花だけで物語を暗示しています。つまり光琳は、「燕子花図屏風」で試みた主題と手法を、ここでは立体的な硯箱に応用しているのです。

 普通、硯箱は平べったく、薄い箱型のものですが、この硯箱の高さは11cmもあり、結構な高さがあります。ちなみに、先達の本阿弥光悦は作った「舟橋蒔絵硯箱」の高さは11.8cm、「樵夫蒔絵硯箱」の高さは10,2cmという、常識を超えた高さですから、もしかしたら、尾形光琳も光悦作の硯箱を意識していたかも知れません。

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 ここで、第14回で本阿弥光悦の「樵夫(きこり)樵夫蒔絵硯箱」を取り上げたときに、ちょっと触れた日本美術史の大家・辻 惟雄氏の言葉を、もう一度紹介しておきたいと思います。
 辻氏によれば、日本美術の際立った特質は≪かざり≫と≪あそび≫と≪アニミズム≫だといいます。
 辻氏によれば、「かざり」とは、はるか昔から、日本人の生活に密着して受け継がれてきた、幅広く、融通性に富んだ美意識であって、日本美術のいちばんの特徴だといいます。
 また、「あそび」については、一見生真面目に見える日本人の生活態度の裏には、実に豊かな遊び心があり、それは、日本美術の根底に流れているものだといいます。
 さらに「アニミズム」:万物に精霊が宿ると信じる自然信仰が「アニミズム」であり、日本人の自然に対する深い思い入れと一体感が日本美術を支えている精神だといいます。
尾形光琳もまた、このような美意識を根底に持つ絵師でした。

 辻氏のこの指摘は、たいへん示唆に富んだ深いもので、このことを頭に置いて日本美術に接すると、さまざまな発見を私たちにもたらしてくれます。
 
 次回は、光琳の「八橋蒔絵箱」の構成の妙について、見てみ≪たいと思います。
                                                                  


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