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ケルトの妖精 №17 [文芸美術の森]

プーカ 2

           妖精美術館館長  井村君江

 こうしてボードリグも、しわくちゃな老人プーカとよい関係をつづけることができた。
 ボードリグはこのあとも、ときどき箱のなかに入ってはプーカたちを見ていた。そのうちに、年寄りプーカがあんまりぽろぽろの服を着て、若いプーカたちに混じって一生懸命働いている姿に、なんだかじんと胸にきてしまった。
 そこでボードリグは、日が落ちると冷えこんでくる水車小屋で着られるように、年寄りプーカに暖かい服をあげようと思いたった。ボードリグには、プーカのおかげでたくさんのお金があったので、すばらしく上等の洋服ひとそろいと綿のチョッキを買い、年寄りプーカがいつも立って指図している床の上においた。
 真夜中にやってきた年寄りプーカは、すぐに気づいた。
「何だろうな」と手にとって見ていたが、「これはたしかにわしのための贈り物だぞ」と、チョッキをつけ、洋服を着こんだ。それから、そこいらあたりを楽しげにひょこひょこ気取って歩きまわっていたが、ふいに粉挽きを思いだしたように、穀物の袋を見やった。
 しかし、足は水車小屋の出口へ向かっていた。
「わしはいまではすてきな紳士、
 紳士は粉なぞ挽かないさ
 水車小屋ともおさらばだ!」
 こう言ったかと思うと、ぽろぽろの服を小屋の片すみへ蹴とばして、ごたいそうぶったようすで出ていってしまった。
 その夜、水車小屋では仕事がひとつも片づかなかった。つぎの夜も、またそのつぎの夜も仕事は進まなかった。年寄りプーカが立ち去ったあと、はかのプーカたちもいつのまにか姿を消してしまったのだ。
 だが粉屋は金持ちになっていたので、水車小屋と農家を売ってすばらしい家を建て、息子のボードリグを大学に入れた。ボードリグはすてきな若者となり、よい学者になった。でも、ボードリグは友達だった年寄りプーカがいつまでも懐かしかった。
「プーカ、プーカ、姿を見せておくれ。ぼくはおまえに会いたいよ」
 いく晩も野原を歩きまわっては呼んでみた。
 姿は見せなかったが、プーカのほうもボードリグを忘れてはいなかった。
 ボードリグは大学を卒業すると、自分の家をもち、かわいい娘と結婚した。人々は妖精のように美しい娘だとほめてくれた。
 結婚祝いの宴が開かれ、食卓の上にはたくさんの杯が並べられた。そのなかに香りのよいワインがなみなみと注がれた金の杯があった。その杯がどこから来たのかだれもわからなかった。
 でもボードリグだけは、きっとあの友達、年寄りプーカからの結婚の贈り物にちがいないと思った。
 ためらわずに金の杯を取りあげると、花嫁にすすめてから自分でもそのワインを飲み干した。結婚してから、ふたりの生活には幸運と健康とがついてまわった。この杯はボードリグが思ったとおり、年寄りプーカからの愛情の贈り物だったにちがいない。
 この金の杯をボードリグは大切にした。ふたりのあいだに離生した息子にも、この金の杯は受け継がれ、その子どもたちにも渡されていった。
 そういうわけで、金の杯は今日までボードリグの子孫の宝物として保存されているということだ。

◆ プーカはアイルランドのパックである。人間にいたずらをしかけて楽しむ妖精の最たるもので、かわいい小馬になって人間を乗せては水たまりのなかに落としたり、また人が棒きれを踏んだりすると、とつぜんどこからかその棒がつき刺さってくることがある。そんなときプーカは笑いながら意気揚々と引きあげていく。だがプーカに親切にする人には、お返しに粉を挽いてくれたり脱穀をしてくれたり、よいことをいちどならずしてくれるのだ。


『ケルトの妖精』 あんず堂


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