ケルトの妖精 №16 [文芸美術の森]
プーカ 1
妖精美術館館長 井村君江
アイルランドのある村にボードリグという名の少年がいた。父親は畑をつくっていたが、暮らしをたてるために、村の農家の穀物を挽いて稼ぎの足しにしていた。ボードサグも、父親の仕事をあれこれと手伝っていた。
ある日のことだった。ボードリグが牛の世話をしていたところ、一匹の牡牛が、まるでつむじ風のように水車小屋へ向かって駆けていった。ボードリグは、その牡牛の正体が水車小屋に現れるプーカであることを知っていた。だから、駆けていく牛のうしろから呼びかけてみた。
「プーカ、プーカ。おまえはほんとうはどんな姿をしているんだろうね。ぼくに姿を見せておくれ。その代わりに、ぼくが大切にしている大好きな暖かい上着をあげるからさ」
すると牡牛は勢いよく尻尾をふりながら戻ってきた。ボードリグが自分の着ていた上着を牡牛に向かって放り投げてやると、牡牛はおとなしく足を止めた。そして、人間の言葉で話した。
「今夜、月がのぼるころ水車小屋まで来てみれば、きっと運のいいことが待っているよ」
プーカたちは、日が沈んだころ水車小屋に集まってくる習性があったのだ。
その夜ボードリグは、プーカに言われたとおり、月の光をたよ。に水車小屋へ行ってみた。働いている人の姿はひとりも見えなかった。粉扱きの男たちはもうぐっすり眠っていた。ボードリグは腰をおろしてプーカを待った。でも、いつまでたってもなにも起こらなかった。そのうち、どうにもこらえようのない眠気におそわれて、ボードリグはいつのまにかぐつすりと眠ってしまった。
目が覚めると、すっか。朝になっていて、穀物がみんな挽いて粉になっていた。でも粉挽きの男たちは、みんなまだぐっすりと眠りこけている。
こうしたことが三晩のあいだつづいた。
四日めの晩、ボードリグは、今日こそはプーカの姿を見てやろうと心に決晋、水車小屋
へ出かけた。プーカに隠れて寝ずの番をするつもりだった。
水車小屋には古い木箱が境をかぶって転がっていた。ボードリグはその木箱のなかに入りこむと、蓋をそっと閉めた。大きな鍵穴から、なにが起こるかを夜通し見守っていた。
ちょうど真夜中になると、六人の小さな男たちが水車小屋に入ってきた。めいめい袋を肩に担いできて、どさっとおろした。粉挽きの男たちは目を覚まさなかった。六人の小さな男たちのあとから、ぼろぼろの服を着たしわくちゃな老人がひとりやってきて、水車を回しはじめた。
「粉を挽け」と、そのしわくちゃな老人は言って、先頭にたって粉挽きの仕事をはじめた。
穀物はぜんぶ、みごとな粉になった。
朝になってプーカたちがいなくなると、少年は父親のところに行ってこのことを話した。
「プーカがおおぜいやってきて、夜のあいだに穀物をぜんぶ、粉に挽いてくれるのを見ていたんだ。今夜は父さんも箱のなかに一緒に隠れてみようよ」
そこで父親とボードリグは、大きな箱のなかに一緒に入った。前の晩に見たことと同じことが二人の前で起きていた。穀物はどんどん粉になった。
朝になると、父親はきっぱりと言った。
「プーカにすれば簡単な仕事なんだな。これに比べれば粉挽きの男どもは、みんなぐうたらだ。男どもには暇を出して、これからはあの年寄りプーカにぜんぶ挽いてもらえばいいってことだ」
事はそのように進んだ。穀物を挽くと粉が積もるように、お金もたまった。ボードリグの父親は金持ちになっていった。使用人たちにはらう給料もいらなかったから、みんな自分のもうけになったのだ。だが、どうやってそのお金を稼いだかは、だれにも言わなかった。妖精から贈り物を受けたことをほかの人にしゃべると、きっとよくないことが起きることを知っていたからだ。(つづく)
アイルランドのある村にボードリグという名の少年がいた。父親は畑をつくっていたが、暮らしをたてるために、村の農家の穀物を挽いて稼ぎの足しにしていた。ボードサグも、父親の仕事をあれこれと手伝っていた。
ある日のことだった。ボードリグが牛の世話をしていたところ、一匹の牡牛が、まるでつむじ風のように水車小屋へ向かって駆けていった。ボードリグは、その牡牛の正体が水車小屋に現れるプーカであることを知っていた。だから、駆けていく牛のうしろから呼びかけてみた。
「プーカ、プーカ。おまえはほんとうはどんな姿をしているんだろうね。ぼくに姿を見せておくれ。その代わりに、ぼくが大切にしている大好きな暖かい上着をあげるからさ」
すると牡牛は勢いよく尻尾をふりながら戻ってきた。ボードリグが自分の着ていた上着を牡牛に向かって放り投げてやると、牡牛はおとなしく足を止めた。そして、人間の言葉で話した。
「今夜、月がのぼるころ水車小屋まで来てみれば、きっと運のいいことが待っているよ」
プーカたちは、日が沈んだころ水車小屋に集まってくる習性があったのだ。
その夜ボードリグは、プーカに言われたとおり、月の光をたよ。に水車小屋へ行ってみた。働いている人の姿はひとりも見えなかった。粉扱きの男たちはもうぐっすり眠っていた。ボードリグは腰をおろしてプーカを待った。でも、いつまでたってもなにも起こらなかった。そのうち、どうにもこらえようのない眠気におそわれて、ボードリグはいつのまにかぐつすりと眠ってしまった。
目が覚めると、すっか。朝になっていて、穀物がみんな挽いて粉になっていた。でも粉挽きの男たちは、みんなまだぐっすりと眠りこけている。
こうしたことが三晩のあいだつづいた。
四日めの晩、ボードリグは、今日こそはプーカの姿を見てやろうと心に決晋、水車小屋
へ出かけた。プーカに隠れて寝ずの番をするつもりだった。
水車小屋には古い木箱が境をかぶって転がっていた。ボードリグはその木箱のなかに入りこむと、蓋をそっと閉めた。大きな鍵穴から、なにが起こるかを夜通し見守っていた。
ちょうど真夜中になると、六人の小さな男たちが水車小屋に入ってきた。めいめい袋を肩に担いできて、どさっとおろした。粉挽きの男たちは目を覚まさなかった。六人の小さな男たちのあとから、ぼろぼろの服を着たしわくちゃな老人がひとりやってきて、水車を回しはじめた。
「粉を挽け」と、そのしわくちゃな老人は言って、先頭にたって粉挽きの仕事をはじめた。
穀物はぜんぶ、みごとな粉になった。
朝になってプーカたちがいなくなると、少年は父親のところに行ってこのことを話した。
「プーカがおおぜいやってきて、夜のあいだに穀物をぜんぶ、粉に挽いてくれるのを見ていたんだ。今夜は父さんも箱のなかに一緒に隠れてみようよ」
そこで父親とボードリグは、大きな箱のなかに一緒に入った。前の晩に見たことと同じことが二人の前で起きていた。穀物はどんどん粉になった。
朝になると、父親はきっぱりと言った。
「プーカにすれば簡単な仕事なんだな。これに比べれば粉挽きの男どもは、みんなぐうたらだ。男どもには暇を出して、これからはあの年寄りプーカにぜんぶ挽いてもらえばいいってことだ」
事はそのように進んだ。穀物を挽くと粉が積もるように、お金もたまった。ボードリグの父親は金持ちになっていった。使用人たちにはらう給料もいらなかったから、みんな自分のもうけになったのだ。だが、どうやってそのお金を稼いだかは、だれにも言わなかった。妖精から贈り物を受けたことをほかの人にしゃべると、きっとよくないことが起きることを知っていたからだ。(つづく)
『ケルト妖精』 あんず堂
2019-11-29 18:37
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