SSブログ

日めくり汀女俳句Ⅱ №46 [ことだま五七五]

五月十二日~五月十五日

          俳句  中村汀女・文  中村一枝

五月十二日
まづ上衣(うわぎ)がばと脱ぐ人五月場所
            『紅白梅』 五月場所=夏
 大学時代、私は場所の度に父の待つ蔵前国技館へかけつけた。父は伊東から湘南電車で国技館へ通っていたのだ。父は手に入れたばかりの桟敷席の通しの切符が嬉しくて、客が来ると懐からそれを出し、「おい、今度相撲へ行かないか、俺、桟敷の券、買ってない……」。とても恥しそうで、でも嬉しさをかくし切れぬ様子で言うのだ。
 砂かぶりに続いた一番前の角、そこから見ると力士の色艶、激しい肉体のぶつかり合う音も聞こえ、個人個人のその日の土俵への気合も分かる。はじめて土俵は人生だと思った。

五月十三日
噴水の玉とびちがふ五月かな
       『汀女句集』 五月=夏 噴水=夏
 東京ではJRの中でケイタイを使うことが禁止された。突然耳のそばから会話が飛び出した時の驚きは忘れない。私的な会話を公衆の面前でめんめんとやられると身の置きどころに困る。
 道を歩きながらのケイタイ使用。あっちからくる人もケイタイ、こっちの人もケイタイ、人に突き当たりそうになってもまだやめない。かくいう私もケイタイのお陰を蒙っている。年齢のせいで待ち合わせの場所がどうも不確か、ケイタイを握りしめ、キョロキョロしているのはみんな中年のおばさんだった。

五月十四日
萍(うきくさ)はそぞろに青み母の老い
              『紅白梅』 萍=夏
 体はきゃしゃだが芯の丈夫な母は弱い弱いと言いながら元気だった。鮮やかなパープルに髪を染めた事があり、外人の女の子から、「それ、あなたの髪の毛?」と言われたと恥しそうだった。一ぺんでやめてしまったがよく似合った。いつか髪を染めなくなり、小顔をふちどる銀髪も又母を美しくみせた。
 母はある日一度に七本の歯を抜かれたと言って帰ってきた。非常識な歯医者に、弟も私も怒っているのに本人はけろっとしていた。
 抜けているけど、諷々としていて、神経質なのに大らかで、どんな老い方をするかと思ったが、その通りふっくらと老いている。


『日めくり汀女俳句』 邑書林

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。