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渾斎随筆 №44 [文芸美術の森]

大學とその總長

                                   歌人  会津八一

 綜合大學を作るのに、まづもって、何よりも大切なのは、よき總長を得ることだといふやうな意見を、最近何 処かで見たが、これはとんでもない大まちがひの意見で、私は、びっくりしてしまった。大學を作るには、先日も述べたやうに何より大切なのは、よき教授を見つけて来ることで、總長は、その教授團の中から選擧で出来るものだ。
 國立大學は、もともと、政府が建てたもので、その目的が、學間の研究にあるのは、いふまでもないが、さしあたって明治の新政府に採用すべき役人の養成といふ使命があった。この使命は初期には、ことに強かった。そこで官僚大學といふ名案を備えることになった。けれども、いくつかの部門に分れ、それぞれの部長があったので、その上に總長があった。その總長は、最初は官から任命した。恐らく今でも、同じことであらうが、いつの頃からか、教授團から選擧して多数で當選した部長の中から選擧して任命されることになってゐる。
 慶應大學は、もと福澤さん、早稲田は大隈さんの私立であったから、西郷さんの私學校ほどではないが、私塾的の性質が強かった。けれども、どちらも、今ではいくつかの部門を持つ綜合大學で、總長は、教授團を基礎にした選擧で決めてゐる。明治大學でも、日本大學でも、どこでも同じことであらう。
 これらの國立、私立の大學の總長は、その大學の首班の位置に居って、外に對しては代表者となり、内においては行政をつかさどるが、學者として教授として、めいめいに専門があるから、その専門の講義を擔任しながら、總長を引き受けて行くのが本筋で、教育行政の専門家とか、總長業者といふやうな人たちが、一手に、永久的に、この位置を占據してしまふべきものではない。
 選擧で推されて總長になっても任期がきまってゐるから、その御手ぎは次第で、一度きりになる人もあらうし、何度も何度も重任する人もあらう。ちょいと外から見ると、大變名誉のやうでも、ほんとに學間を天職と信じてゐる人なら、名誉どころか迷惑がるにちがひない。けれども皆でこれを推す。しかたがないから、自分の大學のためだといふので引き受ける。といつたやうな場合に、ほんとにいい總長が出来る。けれども専門の学者として立派な人が、必ず行政的手腕があると限ったものでない。政治や行政のことを嫌ひだからこそ、忠實な専門の學者にもなれた人が多いのであらう。
 が、その中で、いくらかでも、さうした方に技倆のある人を、皆が目をつけてゐて、それを選んで總長にする。選ばれたからには引き受けて、皆のためにやる。これでいいのだ。それよりしかたがない。だから事務的のことは下に事務局があってその方を引き受ければよろしい。いやしくも綜合大學の総長たるものは、自分自身が、ほんとに學を好む學者で、學間の尊さをよく知つてそれを信じてゐる人でなければならない。そしてその學間の尊さを全大學の學生に、心から吹き込むだけの資質がなければいけない。けれども何も、のべつその御説法ばかりしてゐなくとも黙々として自分の専門の上で、實際に示す態度や業績で、自然に學生たちに、これをのみ込ませる方が、かへつて効力がある。かういふ總長がほしいものだ。しかし、かういふ總長は、その下に、しっかりした事務局があって、わづらわしい實務をそちらで、すっかり處分してくれなければ、ことによると世界で一番に不手際な總長になるかもしれない。
 かういふ總長がいいといふと、何か心細い気持になる人があるであらうが、さういふ人たちは學間の尊さ、いい學者のほんとの値うちのよくわからない人にちがひない。さういふ人たちが、とかく役持ちをありがたがる。教授よりも部長、部長よりも總長、それよりも文部大臣がなは倍いといふ風に、あひ變らず封建的官僚的のあたまで物を考へてゐる。新憲法だ、民主主義だ、文化立國だと、ほかで聞いて来たままに、御題目を唱へても、そもそも學間のありがたさがわからない。文化の本質もありがたみもわからない。民主主義も新憲法もわからない。そして現在日本のよその大學でやってゐる總長選挙の實際も知らない、といふやうでは問題にもならない。
 私は再びいふ。新潟にこれから出来る大學のために、一人のいい總長をほしがるよりも、出来るだけいい條件で、出来るだけいい教授たちを、出来るだけたくさん招致したい。さうすれば、自然にその中から立派な總長も出て来るであらう。それよりはかに方法はない。野球などにしても、いい選手をたくさん集めて、その中からキャプテンをきめるがいい。キャプテンの方が選手よりさきに出来てゐるといふのはをかしい。
                 (『夕刊ニイガタ』昭和二十ニ年五月十五日)


『会津八一全集』 中央公論社

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