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じゃがいもころんだⅡ №20 [文芸美術の森]

美しいひと

             エッセイスト  中村一枝

 おばあさん生活も三年以上経つとそれまで馴染みにくかったおばあさんというものにすこしずつなじんでくる。何年か前、家を直したとき工事の大工さんにおばあちゃんと呼び掛けられた時には、いささかショックでそこら中見回したりしたのだが、流石にあれから時間を重ねると、おばあさんにも動じなくなる。孫のいない私には面と向かっておばあちゃんと呼んでくれる人はいないから、とりあえずおばさんですませてもらっている。年齢からみれば貫禄たっぷりのおばあさんに間違い無い。年の同じ友達を見てもひとそれぞれ、明らかにおばあさんに落ち着いている人もいれば、全くおばあさんぽさをそ感じさせない人も居る。ひとそれぞれの有り様だから。
 八千草薫さんが亡くなっだ。お友達ではないが八ヶ岳の同じ別荘仲間として何回か、食事やお茶をご一緒した。あの人こそ何年経ってお目にかかってもおばあちゃんなんて一度も感じさせないひとだったと思う。八十八歳で膵臓がんを患われていたにしても、まだまだ生きられたのではないかという惜別のおもいが強い。その半面、じゆうぶん生きられたのかなとという羨ましさもある。
 動物が大好きて犬も猫も飼っていた。だぶん、自分がいなくなった後のことも充分に考えておられたにちがいない。あるいは病気をもちながらでもゆっくり動物たちととふれあいたいと思っていたのかもしれない。いろいろ考えるとすこし早すぎたという気もしている。人生の終わり方なんてそれぞれが心のうちにしまい込んでいるものだろうけど、残していくものへの愛惜の想いは誰しも深いはずである。
 八千草薫という名前を知ったのは私がまだ女学生くらいの頃だった。確か宮本武蔵に出ていた。その可憐さにうっとりした記憶がある。日本女性のもつ優しさとしなやかさ、そしてかわいらしさが今もおもいだされる。だからこそあの年齢まで自然体でかんばってこられたのだ。
 八千草さんよりも何か月か早くこの世を去った樹木希林さんは全く対照的な生き方だった。どっちが好きかはそれぞれ個人の好みで決まる。二人ともに自分の人生を生き切ったと言う点で見事なのだ。これは真似したいと思っても真似のできるものではない。自分の形で人生に溶け込んでいくとき初めて開かれてゆく道なのである。

 遠くで見ていても近くで見ても、すてきな八千草薫さんでした。

 

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