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梟翁夜話 №49 [雑木林の四季]

「ゴールデンバットが消える」

                 翻訳家  島村泰治

人は歳を重ねて老い、モノは時間を経て枯れる。一世紀の余も生きればモノも生きもののようで、時間の波に流されて消えてゆく様(さま)は見るからに愛しくも憐れだ。

煙草の銘柄に「ゴールデンバット」といふのがある。明治39年の発売で、緑色の包装に金色の蝙蝠(かうもり)をあしらったデザイン、如何にも時代がかったイメージがちと憎い両切り煙草。清国向けの輸出銘柄だったさうで、デザインがどことなくオリエンタル、一風変わった味と安価で巷に広がった。

私ごとで恐縮だが、わが父は馬と鹿がつくほどの愛煙家、愛煙を超えて滅法な煙草のみだった。親父の辺りにはいつも「ゴーデンバット」があって、煙草とは知らず、筆者はあの緑の包みと銘柄名に親しんでゐた。懐かしいカタカナである。

太平洋戦争に先立つ1940年(昭和15年)から戦後の1949年(昭和24年)まで、敵性語とて「ゴールデンバット」の名称が消え、神武天皇の神話に纏(まつ)はる八咫烏、「金鵄(きんし)」と改名された。戦時中、すべてが配給制になり、小回りのきく私は何日かおきの煙草の配給日には、親父の代役で近所のタバコ屋の前に並んだ。そんなことで、私は「ゴーデンバット」の金鵄への変身をリアルタイムで知ってゐる。

「ゴーデンバット」。この煙草は趣のある余話で彩られてゐる。比較的安かったから巷の愛煙家に愛されたこともあったが、この銘柄を好んだ人びとのなかに著名な作家たちが紛れてゐたからでもある。

まず、芥川龍之介。彼はすこぶる付きの愛煙家で、とくに「ゴーデンバット」を好んだことで知られている。太宰治や中原中也もさうで、作家たちの作品の中に「バット」はしばしば登場する。煙草好きの愛読者はこぞって「ゴーデンバット」に靡き、「ゴーデンバット」で煙草のみになったとか。南方熊楠も「ゴーデンバット」を喫煙、空箱に粘菌の標本を入れていた逸話も知られてゐる。

さて、その「ゴーデンバット」は、今次の消費税引き上げの余波で消える。煙草税では軽減措置の対象だったが、「旧3級品」に分類する措置が先月末で廃止されたことから、在庫が払底次第「ゴーデンバット」の販売が終わることになる。

JT=日本たばこ産業によれば、「ゴーデンバット」は今後は種類の違ふ葉巻たばことして生まれ変わり、北海道限定で販売されるといふ。

ちなみに、措置の対象だったたばこの中で、値上げをして販売を継続するものもある。沖縄県限定で販売されている「ウルマ」といふ銘柄がそれだ。これも昔からなじみのある銘柄で、安価も手伝って年齢層を問はず根強い人気があり、土産品として人気で1日の販売個数でも上位に入るといふ。

この10月1日、「ゴーデンバット」が消えると決まった当日、芥川の墓前に封を切った「ゴーデンバット」が供えられてゐた。

ゴールデンバット.png




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