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梟翁夜話 №47 [雑木林の四季]

「夢の話」

                    翻訳家  島村泰治

思っても見てくれたまえ、何と、タイヤのない車でどこやら街中を走っていたのだ。運転していたのは紛れもなく私、車は粋なスリードアのハッチバック、何十年も前の人気車、初代アコードだ。どういう加減かアクセルの反応がいまいちで、前後の車を苛立たせまくっていたことが、思い出せば不本意。こんなはずでないと自分も苛立っていた記憶が生々しい。苛立ちが極まって、運転席ですっとんきょうな声をあげたまでは覚えているが、途端に目覚める意識にはもうアコードは消えて失くなった。法外な夢だ。

奇態な夢を見たものである。タイヤなしのハブだけの走りなど愚にもつかぬが、それが帰国後初めて乗った初代アコードだったから、これは何か意味ありげなと、小首を傾けたことからある妄想が広がった。目下リハビリ中の膝からくる足回りの不便さが、ハブ走りの苛立ちを呼び込んだのは妄想できるが、あれがなぜ初代アコードだったのかという辺りが釈然としない。いっときの夢を詮索しても詮ないことだが、奇態な取り合わせが頻りに気になるのである。

夢見の善し悪しを一笑に付す輩とはひと味違って、私は妙に見た夢を追う質(たち)だ。My Answers in Chingなどという夢占いの書を身近において、ことある毎に夢を引いては悦に入っている。経験則として年々歳々見る夢が様変わりすることを知っている。物を掘り当てる夢、飛行する夢、深い森を逍遙する夢など、どうやら年代で見分けてきたように思う。

仕事に憑かれた壮年時代は瞬く間に過ぎたが、その頃は空を飛ぶ夢を頻りに見た。羽ばたいて陸を離れ高度を上げ、海山を越えて上空を飛翔する夢の何と愉快だったことか、いつも尻切れ蜻蛉に終わる空の旅はいつも後を引いた。あれが疲労を労る自然な生理反応ならば、疲れを厭うなよとのメッセージとも思えるではないか。神経を酷使する仕事だったからこその神の思し召しか。

空飛ぶ夢を見なくなって久しい。深林を経巡るような夢が多く、足場も悪く邪魔ものが多い径を探り歩くような夢を頻りに見る。不思議に足腰はしっかりしているのだ。膝の手術前後にもそんな夢を見たが、膝の不便は一切感じなかったのも奇態だ。

そんな時アコードの夢を見た。履いている筈のタイヤがない車が、あろうことか、謂わば曾て好んで乗っていた初代アコードだった。颯爽と走れない車を、周囲の苛立ちを知ってか知らずてか、無心に駆る自分の姿が滑稽にも哀れにも見え、憮然とする。

夢の詮索は詮ないことだが、深林の逍遙とは別の意味合いが、このアコードの夢にはあるように思えてならない。私もすでにほどほどに高齢。これは、これまでとは劃然と違う型の夢見が始まる兆候ではないか。思うに、在るべきものの不在をそれと気づかぬ滑稽と哀れ、おい、考え過ぎだと諫める声が聞こえはするが、空耳か。

願わくば、あのアコードは二度と見たくないものだ。

島村アコード.jpeg



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