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じゃがいもころんだⅡ №16 [文芸美術の森]

 八ヶ岳の結婚式

             エッセイスト  中村一枝

 この夏は八ヶ岳の山荘に三泊だけ息子につれてきてもらった。今では別荘を持つのは大した贅沢ではなく、長期滞在の海外旅行に行く人も多いい。私が子供の頃、年間を通して別荘のある友だちなどクラスに一人いるかいないかというくらい少なかった。少女小説の世界の話だと思っていた。ある時、八ヶ岳に魅せられてから、毎年この野辺山の地を訪れるようになっても別荘までは考えたことは無かった。それが色々な経緯があり、人との出会いもあって、いつも気に入っていたこの八ヶ岳に別荘を持つ幸せに恵まれたのである。 始まりは、東京の家で隣同士だった家族との強いかかわりから始まる。隣の家の末っ子の女の子とわが家の長女とは年は娘の方が一才上だが大の仲良しだった。はじめは近くの避暑地をあちこち回っていたのだが、だんだん色々のところに行くようになった。それ以前に隣の家の奥さんと私はすっかりいい友だちになっていたのだ。窓を開けてはちょろっとお喋り、窓を閉めてはまたお喋り。彼女はもともと小劇場の女優さんでもあり、そういう思いを常に抱いていたらしい。私達はたちまちお互いの個性を認め惹かれあった。そんな経緯があって、いつの間にか両家は夏休みの旅行を一緒に計画するようになった。こうして、ついに、二人の大好きな八ヶ岳に一緒に別荘を持つことになったのである。
 人と人とのつながりが産んで行った縁、それがこういう形で実を結ぶなんて思ってもみなかった。最初にこの地に来たとき私の夫は言った。まったく何にもねえ処だな。その頃と今とでは30年以上の時間があるのに、まったくなんにもないというのがここの真骨頂。夜になるとあたりは真の暗闇であかりひとつみつからない。
 隣の奥さんが最初に見つけた八ヶ岳高原ヒュッテは、当初、こんな処が日本にあったのかと思えるくらい素晴らしい処だった。もう40年以上前の話である。吾亦紅と松虫草の群生地だった。それも人の手が入ったことの無いような場所であった。今では乱獲と、鹿の増加とで見事に失われてしまった。私の目にはあの頃のヒュッテの浮世離れした姿が浮かんでくる。その後に今の高原ロッジが生まれた。もちろん今のロッジもあまり手垢に揉まれていない点は評価するのだが、あの頃のヒュッテのような浮世離れはない。
 ところで、その高原ヒュッテをリニユーアルオーブンするという話を聞いた。更に、そこで結婚式を挙げるカップルが私の仲良くしている若い友達の知り合いだというのだ。その若い友達は私の影響で2年前くらいにここに別荘を買った人なのである。なんとも不思議な縁というか、面白い巡り合わせにちょっと驚いている。それにしても人と人との縁がつないで行った大きなきずな。その新郎新婦は山口県の人で、親戚や友人も山口県から八ヶ岳にやってくるらしい。山口県から本州を縦にのぼってきた新婚のご夫婦が結ぶ夢を覗いてみたい気がする。


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