So-net無料ブログ作成

いつか空が晴れる №66 [雑木林の四季]

いつか空が晴れる
     -A  Love Supreme(至上の愛)-

                                          澁澤京子

 学生のとき、ギリシャからトルコに行く長距離バスに乗っていた。途中、夕暮れになって砂漠のようなところで停車してトイレ休憩になった。見ると砂漠の真ん中に小さくぽつんとトイレが見える。まだまだ先は長い。勇気をふるってひとりでトイレに向かった。
まるで刑務所のような雰囲気の野外トイレで、さて、出ようとすると厚いドアがびくとも動かない。押しても、蹴ってもドアはびくともしない。鉄格子の嵌った窓の外をのぞくと同じバスに乗っていたデイパックを背負ったアメリカ人の赤毛の男の子がトイレからバスに戻っていくのが見えた。
「誰か!ドアを開けて!」と私は必死で叫んだ。男の子が立ち止った。しばらく思案している様子で立ち止まってから、その男の子は振り返りもしないで急ぎ足でバスに戻っていった。何か事件に巻き込まれたくないという風だった。バスはエンジンをかけて動きはじめた、(もうダメだ、砂漠の真ん中のトイレで白骨死体になるんだ・・)と思ったとき、動きはじめたバスが止まって、一人の叔父さんがこちらに走ってきた。私のバスの隣に座っていた大家族で旅行していたサウジアラビア人のお父さんだった。私が戻ってこないのでバスを止めて助けに来てくれたのだった。
トイレの外で私の声を聴きながら、バスの運転手には何も言わなかった。赤毛のメガネの男の子を、アラブ人の叔父さんが怒って激しく叱った。私が言いつけたのだけど、赤毛の男の子はバスの席に座ったままうなだれていた。
若いときとても無謀だった私は、こうして何度も旅先で見知らぬ人たちに助けられた。

昔、コルトレーンのA  Love Supreme(至上の愛)で、この曲とこのタイトルがどうつながるのかまったくわからなかった。
ところが最近、F君からのメールでyou tubeのコルトレーンの「Selflessness featuring My Favorite Things」送ってもらって聴いて、衝撃を受けた。「無我」版の「マイフェヴァリットシングス」は、私も持っているコルトレーンの有名な「マイフェヴァリットシングス」のアルバムのとは違う。
この飛翔感や疾走感、とどまることなくエネルギーに満ち溢れ、若干狂気の感じが、坐禅の接心(泊りがけの坐禅会)のあとのハイになる感じにそっくり。
「至上の愛」はよくわからなかったけど、コルトレーンが言いたかったことがなんとなく、わかったような・・と思ったのである。

若いときは誰でも、恐怖心を持たない無防備な時期があると思う。私の場合は若さゆえの向こう見ずに過ぎなかったけど、若いときの怖いもの知らずというものは、エネルギーの強さという点においてトマス・ア・ケンピスのキリストの愛の定義に共通する部分がある。

「・・愛する者は飛翔し、翔り、愉快を感ずる、彼は自由で拘束されない。(中略)・・愛はしばしば節度をわきまえずに、あらゆる節度を越えて熱中する。愛は重荷を感ぜず、労苦を顧みず、自分の力以上のことを行いたがる。不可能を口にしないのは、万事が自分に取り可能であり、許されていると考えるからである。・・(中略)・・愛は敏捷で、真摯に、元気よく、また愛嬌深く堅固に耐え忍び・・(中略)・・けだし人が自身を求める場合は愛は彼を離れ去るのだ。・・」~『キリストにならいて』トマス・ア・ケンピス
コルトレーンが表現したかったのはこういう疾走する愛のエネルギーの運動そのものだったのかもしれない。愛は疾走して、浄化する。
愛は決して、停滞したり、引っかかったり淀んだりしないのだ。

接心に参加すると、普段はエゴや雑念によって、まるで厚くて暗い雲のように覆われている心がスカッとして爽快でエネルギッシュになる。日頃の心配事や不安や、つまらない雑念から解放されるのだ。場合によっては、半年くらいエネルギッシュな状態が持続することもあって、コルトレーンのこの曲の最後がいきなりホワワワ~ンと終わるように、ある時、エネルギーが切れてしまう。

恐らく、ジャズミュージシャンや芸術家というものは心の中の厚く覆われた雲を取り払って、雲間から射して輝くような光のエネルギーの洪水を、光の美しさそのものを何とか伝えようと絶え間ない努力しているのだろう。そして、とどまることを知らないエネルギーの強さに、むしろ使われて翻弄されてしまうのかもしれない。
コルトレーンも、ビル・エヴァンスと同じく、早逝した。まだ41歳だった。


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。