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梟翁夜話 №46 [雑木林の四季]

髭二題:その2「髭のレゾンデートル」

                翻訳家  島村泰治

なぜ髭を蓄えるのか、とよく訊かれる。鼻下や顎下ではなく、揉み上げから頬へ、さらに顎下から首半分を覆う白髭だからどうしても目立つ。目立つからどうしてと訊かれる。歳をとるとそれが鬱陶しくないから妙である。それはですね、と蘊蓄を傾けることしばしばだ。そこで、この際この髭の曰く因縁とそれを纏う身の心づもりを語ろうと思い立ったのである。

髭には功罪あり、髭を厭う向きには始末に負えぬ不快だろうが、ここは罪を措いて功を述べさせていただく。髭は男の甲斐性、無念だろうが女の終ぞ知らぬ結構だ。無念ではないと言う前に、女性諸姉、まずはお聞きくだされ

およそ世渡りに手練手管あり、囲碁に先手の妙手あるごとく生きるにも先手は打てるに越したことはないとしたものだ。人に会う、目を合わせる、名乗り合う…その僅かな時の流れに機先を制して乗れれば、それだけで剣術なら一本とったことになる。まして玄関を出れば七人の敵があると言う男なら、ここでの機先はぜひ取りたいものだ。

外国型の仕事環境に親しみ、出会う人間の相当多くが外国人だったことから、構えて紅毛碧眼の外人にとかく弱腰たるべからずと、ある機会に髭を立てることを思い立った。たまたま北欧系の付き合いが多かったこと、ご存知北欧人は高い比率で髭面が多いことから、筆者の髭はむしろ好意的に迎えられたのである。

通辯という生業は因果なもので、人前に顔を晒す。それも大方偉いさん同士の対話を言葉で仲介する。となると、仲立ちの役割は二カ国語を操る業ばかりではない、その姿形(すがたかたち)や形相が想像以上に鍵になる。信頼度もさることながら、通辯の風格や語り口が対話を活性化させもするのだ。

だから髭だというのは短絡に過ぎる。通辯たる身、髭の手前臍(ほぞ)を固めるということがあるのだ。神経を使う最中、ぐっと言葉に詰まったときなど髭が此方に語り掛ける:

「そんな処でへたっては俺が泣くぞ」

まさかと思われようが、対話の同時通訳はそんな瞬間の連続と云っていい。噺でも名だたる真打ちが間と科白の綾織りに長けるように、場数を踏んだ通辯は,
流れを途絶えさせないように巧みに言葉を紡ぎ、行き交う異言語の綾織りに徹するものだ。

つまりはこういうことだ。対面する相手に先手を打つ効果を狙う髭は、返す刀で此方を叱咤鞭撻もする、「髭を泣かすな」という奇天烈(きてれつ)な副次的効果を生むのだ。髭に頼るのは邪道というなら、それは下衆の勘繰りというものだ。ことは通辯に限らず、およそ専門職には仕事上の切り札があるものだ。通辯を生業に半世紀を生きてきた身には、鍛えた二刀流がさらに映えるように格好の髭を第三の刃に用いたまでのことだ。
髭は立てるまでの葛藤を凌げば、やがて得も言われぬ果実を着ける。髭は男の美学であり持てる地力を掘り起こす手立てでもある。とかく退き下がりがちな身の背中を押すモティヴェイションでもある。
心ある男どもよ、髭を蓄えよ。

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