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ケルトの妖精 №9 [文芸美術の森]

クルーラホーン 2

             妖精美術館長  井村君江

 花婿のダービー・ライリーと、花嫁のプリジッド・ルーニーを囲んで、神父とふたりを祝福するために集まった人々の、楽しそうなおしゃべりや笑い声が、家の外までもれていた。
「なあ、ビリー。わしは明日でちょうど千歳になるんじゃよ」
 クルーラホーンが神妙な顔つきで言った。
「ほんとうですか。それはお祝いを述べなけりやならん」と、ビリーはいずまいを正して、
「神の祝福がありますように」とまじめに言った。
 するとクルーラホーンは、「そんなことを二度とわしに言うな」と、あわててさえぎり、しばらくして、おもむろに言った。
「これまで結婚しなかったが、千歳という歳はしおどろきだと思うんだ」
「まったくもってごもっともです。あなたさまがそう思っているんならね」
 ビリーは聞き流しながら、すこしも興味を示さずに言った。
 ところが、クルーラホーンが、
「そのために、こうしてはるばるここまで来たんだよ、ビリー。この家にいるブリジットは背の高いきれいな娘で家柄も申し分ない。そこでわしの花嫁としてさらっていこうと思うんだ」
 と言ったときには仰天してしまった。
「でも、花婿のダービーはなんと言うでしょうね」
「黙れ。おまえにつべこべ言わせるために連れてきたんじゃない」
 クルーラホーンはビリーを一喝した。それからプツプツと例の呪文を唱えると、鍵穴から部屋のなかへ入っていった。ビリーもどうなることかとついていった。
 クルーラホーンは、天井近くに架けわたされた梁の上にちょこんと座って、部屋のなかを見わたしていた。ビリーも別の梁に腰を据えると、脚の下に宴会の食卓を囲んでいるみんなの頭が見えた。
 結婚を祝福するクーニー神父のかたわらには、ダービーの父親と兄弟、それに叔父さんたちと従兄弟たちが座ってにぎやかに酒盛りをしていた。ブリジットの両親と利発そうな兄弟も、その酒盛りに加わっていた。ブリジットの両親は、美しい娘が誇らしげだった。
 ところが、ブリジットが神父に、玉菜が添えられた豚の頭の肉をさしだそうとして、大きなくしゃみをひとつした。食卓を囲んでいたみんなは、びっくりしてブリジットに目を向けた。
 でも、だれひとり「神さま、ご祝福を(だいじょうぶですか)」と言わなかった。こういうときはそう声をかけてもらわなければいけないのに、この場では神父の役目だと思ったので、みんなひかえていたのだ。
 ところが運の悪いことに神父は、ちょうど野菜と肉を口いっぱいにほおばったところで、口を開くことができなかった。
 それで宴会はそのままつづけられていった。
 ビリーがふと気がつくと、クルーラホーンがなぜだか興奮していた。
「ビリー、いよいよブリジットはわしの花嫁だ。くしゃみをして三度、『神さま、ご祝福を』と言ってもらえなければ、妖精になってしまうんだからな」
 とうれしそうだ。
 そのときブリジットがかわいく二度めのくしゃみをし、顔を赤らめたがだれもそれに気づかなかった。
 ビリーは、なんだかこの大きな青い目と透き通る白い肌をもった娘がかわいそうになってきた。
「健康な喜びにあふれている十九歳の娘が、なんで明日で千歳になる醜い老人と結婚しなければならないんだ。気の毒なことだ」とビリーは思った。
 そのときだ。ブリジットが三度めのくしゃみをした。
 すかさずビリーは、
「神さま、ご祝福を」
 と大声で叫んでいた。
 クルーラホーンは顔を真っ赤にして怒った。そしてビリーをにらみつけると、
「おまえはお払い箱だ。これがおまえへの報酬だ」と言って、ビリーの背中をすさまじい勢いで蹴とばした。
 ビリーは酒盛りの食卓のまんなかに頭から落ちていった。
 あいさつもなしに酒盛りに飛びこんできたビリーに、みんな唖然とした。しかし、ビリーがこれまでのいきさつを話すと、全員が心からビリーに感謝した。
 クーニー神父は、すぐさまふたりの結婚式をすませ、ビリーには両親から浴びるほどの酒がふるまわれた。ビリーは心底よい気持ちに酔った。

◆クルーラホーンは、アイルランドの大きな酒蔵に住む妖精。酒蔵の番人とも信じられていて、ワィンの樽の栓がゆるんで雫が落ちていないか見守ったり、召使が盗み酒をしていると樽のかげからふいに出てきたりして恐れさせる。このお礼に酒をもらうので、いつも酔っぱらっている。また三人の召使が酒蔵に忍びこんで飲んでいるといつのまにか四人になっているので、酔ったせいかとよく見るとクルーラホーンが混じっていた、というようないたずらもする。
 この話のように、よその最の酒蔵に入って酒を飲んでしまうという悪さをすることもあり、知らぬ間にワインの樽がからっぽになっていたらクルーラホーンの仕業だと、アイルランドの人々は信じている。
 酒蔵に入りびたっているだけでなく、ご機嫌になると羊や番犬の背中に乗ってひと晩じゅう野原を走りまわり、翌朝には泥まみれの羊や犬とともに息を習して草のなかに倒れたりしているクルーラホーンがときとぎ見つかるともいわれている。
 クルーラホーンは、仲間たちと一緒に住んでいる「群れをなす妖精」ではなく、「ひとり暮らしの妖精」である。ひとりで行動している妖精は、ふつう恐ろしい性質のものが多い。そして「群れをなす妖精」たちが緑色の上着を着ているのに対して、「ひとり暮らしの妖精」は赤。赤はあるいは危険信号、要注意の色といえるのかもしれない。
 クルーラホーンが古い屋敷に住みつくことは、日本の「座敷わらし」や「倉ぽっこ」のような旧家についている妖精と似ている。座敷わらしは、その家が傾くと自分から出ていってしまい、代わりに貧乏神が住みつくが、やせていて少々滑稽な親しみすら感じさせるわが国の貧乏神にあたるような貧乏妖精というのは、ケルトの妖精には見当たらない。


『ケルトの妖精』 あんず堂

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