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じゃがいもころんだⅡ №14 [文芸美術の森]

友達、80年

             エッセイスト  中村一枝

 Kさんとは子供が幼稚園のときからの友人である。今時分になると、庭の梅の木になった梅で作った、梅干しをかならず持ってきてくれる。私がすつばい梅干しを好きなのを知っているからである。今時、梅干しといえば緊張感の足りない、いい加減の酸味しかない梅干ばかり。Kさんの作るの梅干しは正真正銘の本物である。庭の梅をとって干して、私も作り方は知らないが、口に入れると酸っぱさがひろがる。売っている梅干しとはまったく違う野性の酸味、これがKさんの梅干しなのだ。まず手間が違う。面倒さが違う。Kさんの梅干しを食べたらその辺で売っている梅干しは相撲でいえば幕下、Kさんの梅干しは優勝を狙う横綱である。
 Kさんは家庭の事情で大学に進学できなかった。それが成績優秀な彼女にとってどんなに口惜しかったか。彼女は奧さんになってから通信教育で慶応大学を卒業した。とにかく頑張りやさんなのだ。勤め先でご主人が突然倒れたときは子供たちは中学や高校生、Kさんが3人の子供達に囲まれるようにして玄関に入って来たときの姿は見ていてもつらかった。
 若くしてて未亡人になつた彼女を見ていて、彼女なら3人のお子さんをきちんと育てていけると思ったことは確かである。あれから、4、50年は経つのだろう。あのころ、Kさんを見ていると、元々の頑張りに拍車がかかった気がした。今や八十歳をすぎた彼女の頑張りは更に磨きがかかってきている。髪はきれいな銀髪、元々色白で其れなりに歳老いているが、色白の肌は相応に老いても美しい。彼女についてはいまだに毀誉褒貶の批判も聞こえる。確かに時にやりすぎと思えることもあったが、ここまで来ると彼女の優れた個性と捉えたほうがいいとも思える。夫の亡き後3人の子供達を一人前に育ててここまで来たのはそう簡単なことではなかったろう。彼女の負けん気、自信、それらがあいまっていまがあるのだ。
 今になるといろんなものが彼女の人生のよきアドバイザーになったのだと私は思う。私は、ご主人が亡くなった時彼女ならなんとかやっていけると思った。今や大勢のこども、孫たちに囲まれ、豊かな老後を送る彼女をみると、人生というものの不思議さにおどろいている。好きとか嫌いとか、ここまで来るとそういう問題ではなくなる。一人一人の個性で歳を重ねていくことがわかる。私には決して真似はできないけれど、そういう人と何十年も付き合って、お互いに個性を尊重しあっていることが何より大事と思えてくる。
 友達といえばもう一人、つい先ごろバリにいるみーこに電話が通じた。みーこは以前知の木々舎にバリだよりを送ってきていたが、身辺いろいろあつて、私も心配していたのだが、電話が通じた。今のところパソコンが使えず困っているらしい。でも電話で話をしていると、古い付き合いが戻ってきて、本当に友達っていいなと思えた。彼女とは赤ん坊の時からの友だち、80年の長い付き合いである。タイプも性格も違うけれど、何処か共通しているものがある。少なくとも犬好きという点は共通項。一人っ子同士で、子供のときにはお互い引っ掻きあいの喧嘩もした。彼女のお母さんは、晩年日本を離れてみーこのところに移り住んだ。日本を離れるとき、母のところに暇乞いにきた。お互い底の底まで知りあい、頼り合っていた2人。80になってバリ、日本と離れ合う二人の老母の姿は、いつの間にか私とみーこに重なる。いまも、「みーこ」「かずえちやん」と呼びあっていると、80年前と同じ思いに戻っていくのだった。

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