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ケルトの妖精 №8 [文芸美術の森]

クルーラホーン 1

              妖精美術館長  井村君江

 むかしアイルランドに、ビリー・マック・ダニエルという大酒飲みのならず者がいた。ビリーの毎日の心配ごとといえば、その日の酒にありつけなかったり、酒代をはらってくれそうな人が見つからなかったりすることだけだった。だからだれもビリーに近づきたがらなかった。
 そんなビリーに、近ごろ友達ができた。
 それは、ある冬の晴れた夜のことだった。月がまん丸に白く輝いて、凍てつくように寒い晩、ビリーは家に向かって歩いていた。
「まったく、寒くてたまんないよ。こんなときにゃ、ちょっと一杯ひっかけりや、心も身体も天国ってもんだがなあ」
 ひとり悪態をついていると、
「よし、ビリー、引き受けた」
 と、足元で声がする。見ると、三角の赤い帽子を被り、全休に金の飾りをつけた赤い服
を着て、銀の大きな留め金がついた靴をはいた小さな人が、大きな声をあげていた。
 その小さな人は、酒蔵に住む妖精のクルーラホーンだった。クルーラホーンは一匹狼の妖精だから、みんなから恐れられていたが、ビリーは少しもこわいなんて思わなかった。
「ありがたい。乾杯しようじゃないか」
「よし乾杯しよう。だがね、酒代をだますのはわしには通用せんよ」
「なにをゴチヤゴチヤ言ってるんだ。おまえなんか、木イチゴみたいに摘みとって、おれさまのポケットに放りこむことだってできるんだぜ」
 ビリーが言うと、クルーラホーンは怒って、
「これから七年間、おまえはわしの家来になるんだ」
 と、有無を言わさぬ口調で命令した。
 ビリーは、クルーラホーンの言葉がなぜだかあたりまえのような気がして、いつのまにか言いなりになっていた。そんなわけで、ビリーはこのところクルーラホーンと一緒になっては、悪さをするようになっていた。
 ある日、クルーラホーンに呼びだされたビリーは、古い砦の残る原っぱへ出かけていった。
 待っていたクルーラホーンは言いつけた。
「ビリー、今夜は遠くまで出かけたいから、馬に鞍をつけて引っぱってきてくれ。おまえの分と二頭だ」
 ビリーは見まわしてみたが、原っぱには、すみのほうにイバラの古木が一本、丘の麓から流れてくる小川、とても人の通れそうもない沼地があるだけだった。
「お言葉ですが、厩はどこにあるんでしょうかね」
 と、ビリーは皮肉っぼく言った。
「つべこべ言うな。あの沼まで行って、いちばんしっかりした灯心草を二本取ってくればいいんだ」
 そこでビリーは、丈夫そうな灯心草を二本引き抜いてきた。
 するとクルーラホーンは、自分がその一本にまたがり、一本はビリーに渡して、
「馬に乗れ、早く」と言った。
「どこの馬に乗るんですか」ビリーは聞きかえした。
「わしのように、馬の背に乗るんだ」
「冗談いっちゃ困りますよ。これは灯心草ですよ」
 ビリーはばかばかしくなって言った。
「いいから乗るんだ」クルーラホーンは病癖を起こした。
「好きなようにするさ」と、ビリーは逆らうのをやめて灯心草にまたがった。
 クルーラホーンは胸をはって、
「ボラーン、ボラーン、ボラーン」
と、三回叫んだ。大きくなれというまじないの言葉だ。ビリーも一緒に三度叫んでみた。
すると、灯心草はみるみる大きくなり、土を蹴って跳ねまわる馬になった。
 二頭は全速力で駆けだした。ところがビリーは、クルーラホーンとは逆に灯心草の穂先のほうを持っていたので、馬の背に後ろ向きに乗る格好になってしまった。走りだした馬は立ち止まるようすを見せず、ビリーは馬の尻尾を必死に握りしめていなければならなかった。
 ようやく馬が歩みを止めて、ふたりは立派な屋敷の門の前におりたった。
「さてビリー、わしのするとおりにしてついてくるんだぞ」
 とクルーラホーンは言うと、これまで聞いたことのない呪文を口にした。ビリーもまねをして言ってみた。するとふたりは門の鍵穴をするりとくぐり抜けて、屋敷の庭に立っていた。
 それから家の鍵穴から鍵穴へとくぐり抜けて、ついに酒蔵にたどり着いた。そこには、いろいろな酒が積んであった。ふたりは上等そうな酒からグビグビと飲みはじめた。
 クルーラホーンとつきあうようになってから、ビリーはいつもたらふく飲ませてもらっていたから、この日はつい、
「あんたはまったく、最高のご主人さまですよ」
 と、お世辞のひとつも言ってみた。
 しかし、クルーラホーンは、
「おまえは自分の乗る馬の頭と尻尾の区別もつかない奴だから、いま自分がまっすぐに立っているのか逆立ちしているのか区別もつかないだろう。古い酒ってやつは、猫に言葉をしゃべらせたり、人間がなにを言っているのかわからなくさせたりしちまうんだ。覚えておくんだな」
 と、ビリーのお世辞なんかにはとりあわず、「さあ、ついてこい」と帰り支度をはじめた。
 ある晩、いつものようにビリーは、いつもの原っぱでクルーラホーンと会った。
「ビリー、今夜は馬がもう一頭いるんだ。にぎやかに帰ってこなくちゃならんからな」
 と、言った。
 どリーは「仲間がふえるんなら沼から灯心草を取る役目は、こんどからそいつにやらせよう」と考えながら、灯心草を三本引き抜いた。
 三頭の馬は、夜の道を走ってリマリック地方のとある農家についた。その農家では結婚式が行われようとしていた。(つづく)


『ケルトの妖精』 あんず堂

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