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論語 №77 [心の小径]

二四五 郷人(きょうじん)の飲酒に、杖者(じょうしゃ)出ずればここに出ず。郷人の儺(だ)には、朝服してソ階(そかい)に立つ。

               法学者  穂積重遠
                            
 「杖者」は老人。『礼記』(王制篇)に「五十は家に杖つき、六十は郷に杖つく。」とある。
 「儺」は「鬼やらい」。わがの国節分豆まきに当るが、三月・八月・十二月と年三回行った。豆をまいたかどうかは知らぬが、正月の獅子舞のように、村人が家々をまわって厄払いをしたらしい。「ソ階」は堂の東の階段、主人の出入する玄関。

 村人の酒盛にも、長老が退席するのを待って続いて出た。村人が鬼やらいをしに来ると、大夫の官服をつけ玄関に立ってそれを受ける。
 たわむれ事みたようになっている年中行事にも、大まじめであられたのだ。

二四六 人を他邦(たほう)に問わしむれば、再拝してこれを送る。康子薬を饋(おく)る。拝してこれを受く。いわく、丘(きゅう)未(いま)だ達せず、敢えて嘗(な)めず。

 使いを他国へやって人を見舞わせる場合には、再拝して送り出された。魯の大夫の李康子(きこうし)が病気見舞に薬を贈ったとき、病中であるのに拝礼してこれを受け、さて使者に向かって、「ご好意かたじけなくお礼申し上げますが、お薬が病症に適するかどうかまだ心得ませんので、早速には服用致しませぬ。」と言われた。
 前後両段続かぬようだが、使者を出したりせ受けたりするときのまじめな態度という意味で一章にしたらしい。前段については、伊藤仁斎が左のごときおもしろい話を書いている。「宗の楊簡(ようかん)嘗て書を作りて人に与え、楊某再拝と書してこれを附す。僕(ぼく)既に発す。忽ち自ら思えらく、親(みずか)ら拝せず而して拝と書するはこれ儀(ぎ)なりと。急に僕を呼び返し、書を案上(あんじょう)に置き、拝を設けてしかる後に遣(おく)る。暗に孔子拝して使者を送るの意に合す。学者かくの如きの忠信あり、しかる後に哲学を言うべし。」後段については古註に左のごとくある。「大夫賜(たま)うあり、拝してこれを受くるは礼なり。末だ達せずして敢て嘗めざるは、病を謹むなり。必ずこれを告ぐるは直なり。」

二四七 厩(うまや)焚(や)けたり。子(し)朝(ちょう)より退いてのたまわく、人を傷(そこな)えりやと。馬を問わず。

 孔子様がお役所へ出勤の留守、馬屋が失火で焼けた。帰宅してそれを聞かれたが、「人にけがはなかったか。」といわれたきりで、馬のことを問われなかった。

 これは「厩火事」という落語があるほど、有名な一段だ。馬をも問わぬのは不仁だというので、「人を傷えりや否や。馬を問う。」とよみ、まず人を、次に馬を、と解する人があるが、それは考え過ごしだ。むしろ責任問題の起ることを避ける意味で馬を不問に附されたのだ、と解したい。
 昭和二十四年十二月二十八日の夜、何心なくラジオのスイッチを入れたら、小金井の東宮仮御所がつい先刻、殿下が葉山へお成りのお留守中に全焼し、書籍その他お身のまわりの品品何一つ取り出せなかったと、報じているではないか。わたしにとっても思い出の御殿なので、実に驚いた。その時とっさに胸に浮んだのは、『論語』のこの一節で、このことが葉山に急報されたとき殿下が何とおっしゃるだろうかということであった。ところが後に承ると、その時、殿下は「人にけがはなかったか。」とおっしゃったきりであられたよし。さすがはと感激したことであった。


『新薬論語』 講談社学術文庫

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