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バルタンの呟き №60 [雑木林の四季]

  「星に願いを」           

                   映画監督  飯島敏弘

7月と言えば、何と言っても七夕です。七夕と言えば、そうです、牽牛織女の物語。いい歳をして、牽牛云々もありませんが、逢えそうで、なかなか逢えない、というのも、何でもかんでも解りすぎてしまう今日この頃の風潮に引き比べて、何か切ない風情があっていいかな、と思うのですが、如何でしょう。年に一度、七月七日だけの逢瀬、もしもその夜が晴れなければ、牽牛アルタイルと織女ベガは、ふたたびの七夕の夜の訪れまで、孤独な軌道を廻り続けなければならない。いつ誰が紡いだのか、メロドラマのエッセンスが全て具わった物語ではないでしょうか。

近ごろ、僕は、矢鱈に星が気になるのです。いよいよ、星になる時、が近づいているということでしょうか。少し前になりますが、「私は墓の中なんかにはいません、風になって、空に舞い続けるのです」という歌がもてはやされたことがありますが、歳のせいかもしれませんが、それもちょっと草臥れるのではないかという気がします。この世の暮らしを終えた後、自分の生命は何処へ行くのだろう、と考える時、もともと、僕たちの淵源は星にあるのだから、星になると考えるのが、自然なのではないかと思うようになったのです。

僕自身の現実問題としては、恐らく、同世代の多くの方々と同じように、僕もすでに、わが家からさほど遠くはない緑豊かな山上に大規模開発された公園墓地の一角に、定年まで働きアリのようにせっせと働き続けて得た貯蓄と退職金から少なからぬものを割いて買い込んだ、人口墓地があるのです。ところが、予想を遙かに超えた老齢を迎えた今は、残された妻や、子供たちにとっては、その墓は、むしろ迷惑な存在になってしまったのです。周囲には、人工の墓石に、夢とか花とかの文字が彫り込まれたまま、雑草の生えるにまかせたものが散在しています。残された家族にとっては、むしろ迷惑な物になっているのでしょう。

実際に、星になった知人がいます。30余年を経た今も、沖縄の空に輝き続けている、金城哲夫、ウルトラの星です。
沖縄に生まれて、幼くして第二次世界大戦に遭遇し、あの戦火の中を、友軍と信じた同朋の守備隊に、隠れ潜んでいた洞穴(がま)を追い出されて、逃げまどい、妹を喪い、一方、米機の機銃掃射を浴びて隻脚となった母、そして、獣医として軍馬の医療に携わっていた父とともに、敗戦の痛手から立ち直り、創立者の意欲に感動した母の薦めで、本土に渡って、玉川学園に学び、担任の師の紹介で縁を得て、特撮の円谷英二のもとで、シナリオ作家としての研さんを積んで、遂に、ウルトラマンを生み出した星(スター)です。
その後再び生誕の地沖縄に戻り、沖縄の本土復帰を祝い、美ら海を、世界に知らしめる海洋博の祝典に意欲を注いだものの、本土と沖縄の米軍基地をめぐる蹉跌に苦しむうちに、若くして不慮の死を遂げたのですが、彼の心は、青年の情熱を保ち続けたままに、今も燦然と、美らの海の上に、輝いているに違いないのです。               

「でもねえ、金ちゃん・・・」
僕は、星になった彼に、こう、呟かねばなりません。
この章を認めつつある今、世界中の、首脳とされる大統領、総統、首相などが大阪に集まって、それぞれの国や連邦の主張を交し合っている中で、最も権勢を誇る代表の口から、第三次世界大戦、などという言葉が飛び出したり、更に、けん制し合う不信の軍拡の行く手には、戦争を、地球上では物足らずに、宇宙にまで、それも、人間の関わらない、AIや、心を持たないロボットやドローンで展開するスター、ウオーズの展開を指向しているのだよ。 
だから、僕たちはもう、例え星になったとしても、いつ撃ち落とされるか、爆破されやしないかと、心配し続けることになるのだよ・・・でも頼むから、金ちゃんは、愚かな地球人などが、ぜったいに手の届かない、銀河系から遙かに遠い、ウルトラの星として、輝き続けてほしいのだ。たとえ、ほんのわずかな光しか届かなくても、僅かでいいから、永遠に、美ら海を照らし続けてほしいのだよ。君が僕と共にこの地球にいた時に、しきりに口にしたニライカナイ、それが今、沖縄にも、日本にも、いや、世界中に、求められているのだよ、と。
ニライカナイ、豊穣の地から、失われた地球人のこころを、送り返してほしいのだよ。


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