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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №12 [文芸美術の森]

シリーズ≪琳派の魅力≫
                       美術ジャーナリスト 斎藤陽一

                           第12回:伝・俵屋宗達「蔦の細道図屏風」 
      (17世紀前半。六曲一双。各159×361cm。重文。京都・相国寺)

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≪抽象画のような絵画世界≫

 今回取り上げる「蔦の細道図屏風」は、伝・俵屋宗達作とされている屏風絵です。賛に自作の和歌を書いているのが、宗達とも交流のあったとされる京の公家・烏丸光広ということだけでなく、簡潔で大胆な構図によって、現代のグラフィックアートを思わせるような斬新な画面を創り出した絵師は“俵屋宗達以外の造形的個性は考えられない”とされるからです。(両隻には、宗達とその工房が用いた「伊年」の印が押されています。)

 この絵には、人物が一人も描かれていませんが、これでも、在原業平を主人公とする歌物語『伊勢物語』からテーマを採っているのです。では、どのような場面を選んでいるかというと・・・
 在原業平が都落ちして東国へ下る途中、駿河国の宇津山の蔦の生い茂った細い山道で、京に戻る一人の修験者と出会います。偶然にも、その男とはかつて顔見知りだったので、業平は、都にいる恋人に手紙を託した、という物語です。その時に業平が詠んだのは、
「駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり」という歌。(賛に描かれている和歌は、これではなく、この物語にちなむ烏丸光広自作の七首です。)

 この物語も、しばしば他の絵師によって描かれていますが、大抵は、手紙を託された修験者が山道に消えていくのをじっと見つめる業平の姿を描いています。
 ところが、宗達のこの屏風絵では、人物は一切描かれていません。
 使われている色彩も、「金」と「緑」というたったの2色のみ。その上、構図もきわめて抽象化され、暗緑色の土坡(どは)は宇津山を象徴し、右下から左上に対角線上につながる金色の帯が蔦の生い茂る山道を暗示するという、簡潔そのものの構図です。
 
 よく見ると、山道の蔦は、右側ではやや密度濃く描かれていますが、左に進むにつれて、まばらで、はかなげな薄い色となっています。おそらく蔦の細道を行く旅の心細さを暗示しているのでしょう。

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 右隻の右上に注目すると、そこに蔦が垂れ下がっています。(上図:右隻)
 そこから書き始められた烏丸光広の書も、上から下へ、太く細く、大きく小さく書き連ねられ、蔦の葉がそのまま和歌の言葉になっていくような趣向になっています。つまり、書も絵もデザイン化されて混然一体となった、まことに前衛的な絵画世界なのです。

12-3.jpg ところで、右隻には烏丸光広の署名が書かれているのですが、どこか、判りますか?
 右図の山の稜線と思われるところに、ごく小さく「光広」と書かれているのです。おそらく光広は、山道をとぼとぼ歩くに人間の姿を思わせるように、ここに小さく署名をしたのでしょう。光広のユーモアを感じさせます。


 ここでちょっと面白いことをしてみましょう。試みに、右隻と左隻とを入れ替えてみるのです。すると・・・

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 見事につながりますね。(上図)
 こうすると、またまた不思議な空間が生まれ、具象と抽象の絵画世界を行き来しているような、モダンな絵画空間となりますね。面白い仕掛けを考えたものです。

 宗達作品には、他に、アメリカのフリーア美術館が所蔵する屏風絵「松島図屏風」があり、画集などで見ると大変な傑作と思われるのですが、私は実見していないので、割愛します。(実業家フリーア氏の遺言により「門外不出」となっているのです。)
 それでも、これまで取り上げた宗達作品だけを見ても、それまでの日本絵画には類例のない破天荒とも言うべき宗達の造形的個性をご理解いただけたのではないか、と思います。

 これで、一連の俵屋宗達作品の紹介を終わりとし、次回からは3回にわたって、本阿弥光悦作の硯箱や茶碗を取り上げて、また違った角度から「日本的な美意識」を見ていきたいと思います。
                                                                  


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片岡 朋子

楽しく拝読させていただいております。
俵屋宗達「蔦の細道図屏風」右隻と左隻の「互換構図」とても面白いですね。
日本人の遊び心素晴らしいと思います。
相国寺で公開される事がありましょうか?
その時左右入れ替えて展示されるのをぜひみたいものです。
by 片岡 朋子 (2019-06-27 10:02) 

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