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いつか空が晴れる №61 [雑木林の四季]

    いつか空が晴れる
         -ジャングル大帝―

                   澁澤京子

 子供のとき好きなテレビ番組と言えば、手塚治虫の「ジャングル大帝」と「ターザン」、「わんぱくフリッパー」など人間が動物や自然と仲良くしているようなもの。
特に「ジャングル大帝」のオープニングの曲は大好きで、真っ白で威厳のあるライオン、雄大なアフリカの大地と草原と大空・・あの音楽の影響で、私はアフリカにどんなにか憧れたことだろう。
「野生のエルザ」に出てくるような、野生とともに暮す生活にどんなに憧れただろう。

ちなみに、ジャングル大帝のオープニングテーマを作曲した富田勲さんは、父がテレビ局で仕事をしていた若いときに、一緒に仕事をしていた作曲家で、時たま、箱根にUFOを観察に行ったりして仕事をすっぽかすこともあったらしい。シンセサイザーを音楽にとりいれるような要素がもともとあるような人だったのだろう。

砂漠に不時着して遭難した兵士と、一頭の美しい雌の豹の間におこる恋のような話を書いたのは確かメリメだったと思う。雌の豹と兵士が一定の距離をとりながら一緒に砂漠を彷徨しているうちに、最初は豹に襲われることを恐れていた兵士が、次第に恋に似た奇妙な感情を持つようになる話。

ある夏、八ヶ岳で雨上がりの夕方に散歩していたら、坂の上に大きな牡鹿がこちらを向いて立っているのを見たことがあった。夕陽をバックにして、立派な角を持った牡鹿の姿はあまりに神々しくて、思わずその場に立ち尽くしてしまったことがあった。

また、学生時代の夏休みに、沖縄の無人島でキャンプしていたときのこと。
ある朝、向こう側のビーチに行ってみようと、友人たちとテントの裏側の細い山道を登っていたことがあった。
ふと見上げると山道の登りきったところに、一頭の大きな黒い野生の水牛がこちらに向かってじっと立っていた。マラリアで島民がいなくなった後、その島は野生の水牛の生息地になっていたのだ。
先頭で歩いていた私は、身体が凍りついたように動けなくなった。私の後ろを歩いていた友人たちも立ち止まって沈黙したまま。大きな角を持った水牛は黒い巨大な影のように、私に向かってじっと立っている。ちょっとでも不審な動きをしたら襲いかかってきそうな迫力。水牛はすごく気が荒い。野生だったらなおさらだ。
水牛の目をじっとみながら、私は慎重に静かに後ずさりして、水牛が見えなくなってから、みんなダッシュで走ってキャンプ地まで逃げた。
あれは「聖域」だったんだ、と後で思った、人が決して乱してはいけない野生の聖域だったのだ。

野生の聖域にはとてつもなくデリケートで調和のとれた、美しい音楽のようなものがあって、人はそこにどうしても余計な不協和音を持ち込んで乱してしまうような感じだった。
それはいつも私たちと一定の距離を保っていて、その秘密に触れようとすれば、たちまちだいなしになってしまうような何かでもあるのに違いない。

そして、もしかしたらラスコーの壁画を描いたクロマニヨン人も、私と似たようなことを感じたのではないだろうか?と考えたりするのである。


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