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論語 №75 [心の小径]

二四〇 圭(けい)を執(と)れば鞠躬如たり、勝(た)えざるが如し。上ぐるは揖(ゆう)するが如く、下ぐるは授(さず)くるが如し、勃如として戦色あり、足シュクシュクとして循(したが)うことあるが如し。享礼(きょうれい)には容色あり、私覿(してき)には愉愉(ゆゆ)如たり。

                法学者  穂積重遠

 「圭」は天子が諸侯を封ずる時に授けるその位のしるしの玉の笏(しゃく)。諸侯が大夫(たいふ)を他国へ使いにやる場合には、いわば信任状というような意味で、模造の圭を持たせてやる。「循」は足の爪先を上げかかとで地をすって進むこと。諸侯の使いが相手国の君に謁するに、第一段の正式会見が「聘礼(へいれい)」、第二段の贈物披露が「享礼」、第三段の個人としての和郎が「私覿」である。

 君の使いとして相手国の君に謁するとき、まず聘礼では、圭を両手にささげ小腰をかがめて進まれるが、圭はさして重いものではないけれど、その重さにたえないという風に大事に持ち、動作につれて多少の上がり下がりはあるが、上がっても手をこまねいてあいさつする程度の高さであり、下がっても人に物を授ける程度の低さである。そして落してはたいへんだというように、顔色を変じてすこしふるえる気味があり、足は小股ですり足の形である。享礼となると顔色やわらぎ、さらに私覿となると、いちだんと打ちとけられる。

 孔子様が魯(ろ)の君の使いとして他国に行かれたことは記録に見えないから、この一段はこうもあろうかという想像だ、という説があるが、逆にこれを孔子様が外交使節をつとめられたことのある証拠と見たい。伊藤仁斎いわく「按(あん)ずるに、孔子隣国に聘せられし事は、農に経伝に載せずと錐も、然れども当時門人親しく見て直ちにこれを記したるは、すなわち郷党の一篇にして、もっとも信拠(しんきょ)すべきなり。」

二四二 斉(さい)すれば必ず明衣有り、布をもってす。斉すれば必ず食を変じ、居れば必ず坐を遷(かえ)す。
                                        
 「斉」は「斎」に同じ。「ものいみ」、いわゆる斎戒沐浴(さいかいもくよく)すること。

 ものいみをされる場合には、必ずあかるい色の浄衣を著(ちゃく)する。その衣は布でつくる。ものいみ中は食事もかえて、酒を飲まず、にんにくのような臭いものをたべず、平生(へいせい)の居間とは別の部屋におられる。


『新訳論語』 講談社学術文庫

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