ケルトの妖精 №4 [文芸美術の森]
妖稲トリアムール
妖精美術館館長 井村君江
アーサー王の宮廷にロンファール卿という騎士がいた。この卿は、グウィネヴイア王妃がアーサー王と結婚するとき反対をしたので、王妃の恨みをかって宮廷を追放されてしまった。
王の宮廷を去って、ウェールズのカーレオンに引きこもり、質素にさびしい暮らしをしていたロンファール卿のもとへ、ある日、ひとりの女性が訪ねてきて、トリアムールという美しい女性のもとへ案内した。トリアムールは五月のサンザシの花よりも白く、汚れのない肌をあらわにし、金髪を波打たせて寝台に横たわっていた。
この世のものとは思えない美しさをたたえるトリアムールをひと日見ただけで、ロンファール卿は魅了され、恋に落ちてしまった。
トリアムールは、妖精の国である西方の島を治めるオリロン王の娘で、妖精の女王であった。妖精のトリアムールは、ロンファール卿に騎士として必要なものすべてを与えることができた。強くてしなやかな武具と美しい衣装、毛並みのよい馬、忠実な召使、そしていつまでも空にならない財布であった。
そしてトリアムールは、ロンファール卿が会いたいと願ったときには姿を見せるが、ほかのだれの前にもその姿を現すことはなかった。
「ふたりの愛は、ふたりだけの秘密」
とトリアムールは告げた。
「だれにもふたりの愛を語ってはいけません。その秘密が守られなかったときには、わたくしはもう、あなたの目にも見えなくなってしまうでしょう。なぜなら、わたくしは人間ではなく妖精だからです」
トリアムールは、愛は心のなかにあるのだと言った。だから、ロンファール卿がその約束を破れば、永遠に消えてしまうしかないのだと。人間でも妖精でも愛することに変わりはないと、秘密を守ることを誓って、ロンファール卿はトリアムールと幸せに暮らした。
やがてロンファール卿は、大きな戦いに手柄を立てて、その武勲がアーサー王の宮廷にも伝わった。
アーサー王は、ロンファール卿を宮廷に呼びもどすことにした。宮廷に戻るロンファール卿に、トリアムールは人間の目には見えない姿でつき従ってきた。
この宮廷でもロンファール卿は、トリアムールのほかの女性にはだれにも目を向けることはなく、ふたりはいつも幸せだった。
ところがグウィネヴィア王妃は、多くの騎士が自分を尊敬し、また怖れの日で見つめるのに、ロンファール卿だけが目もくれず、なんの素ぶりも見せずにいることを不満に思った。
王妃はむかしの恨みも重なって、ことあるごとにロンファール卿をなじったり、さげすみの言葉を口にしたりして、関心をひこうとした。
そうしたことがあまりつづくので、ロンファール卿はつい言ってしまった。
「わたしには騎士の名誉をささげている清らかな女性がおります。その女性の美しさ気高さには、この宮廷のだれひとりとしてかなわないでしょう。その女性に仕えている卑しい身分の召使いさえ、王妃やほかの気高い身分の女性より勝っています」
部屋に戻って、すぐにこのことを告げようとトリアムールを探したが、どこにも姿が見当たらなかった。
ロンファール卿はトリアムールとの約束を思いだして愕然とした。彼女の姿はもうロンファール卿の前から消えてしまっていたのだ。馬も武具も衣装も召使いも宝の財布も、すべてなくなってしまっていた。
悲嘆にくれるロンファール卿の不幸はそれだけではすまされなかった。
自尊心を傷つけられた王妃が、ロンファール卿のいう美しい女性の姿がどこにもいないことに怒り狂って、追い打ちをかけたのだ。
王妃はロンファール卿を牢に閉じこめ、けっして許そうとしなかった。
牢のなかで、ロンファール卿は自分の過ちを悔やんでも悔やみきれない気持ちで過ごしていた。そんなロンファール卿に、日がたつにつれ王妃の怒りはおさまるどころか、勝ち誇ったようすさえ見せつけて、前よりいっそうつらく当たるようになった。そしてついに卿を処刑すると言いだした。
アーサー王の宮廷の騎士たちはみんな、ロンファール卿の過ちが王妃のよこしまな心のせいであることを知っていたので、助命を嘆願することにし、ロンファール卿の言葉が正しいことを証明するために、
「あなたの美しい恋人の姿をみんなに見せてはどうか」
と、すすめた。しかしロンファール卿は絶望の淵に沈んでいた。妖精のきげんを損ねてしまったいま、もうその願いはとどかないことを知っていたからだ。
いよいよ首切り台が用意され、死刑が執り行われようとした。
騎士たちはなおも助命を願って、口々に言った。
「まだ今日という日は終わっていない」
「日が沈むまで待たなければいけない」
みなは待ちつづけていた。
しかし日は傾き、容赦なく西の地平に落ちようとしていた。
と、そのとき。
十人の豪華な衣装をまとった女性たちが、馬に乗って、刑場の中庭に入ってきた。騎士たちは叫んだ。
「なんと美しい女性たちだ。ロンファール卿の言ったことはほんとうのことだったのだ」
「この女性たちの一人ひとりが、この場にいるだれよりも美しいではないか」
「ロンファール卿、どなたがあなたの恋人なのですか」
ロンファール卿は首を振った。
「どの人もちがうのです」
すると、さらに十人のきらびやかな衣装をまとった女性が馬に乗って現れた。
みな、前の十人よりももっと美しかった。
しかしロンファール卿は、
「この人たちもわたしの恋人ではありません」
とうつむいてしまった。
やがて、白い馬に乗った星のように輝く美しい女性が町を抜けて近づいてくるのが見えた。
トリアムールだった。
「あの方がわたしの恋人です」
とロンファール卿が言った。
騎士も、その場にいた女性たちも、その美しきに驚き、
「ロンファール卿が言ったことはほんとうのことだ」
と口々に叫んだ。
トリアムールの供のひとりが、ロンファール卿の馬を森から引きだしてきた。驚いて目を
見はる人々をあとに、ロンファール卿は馬上の人となり、トリアムールと連れ立って走り去った。
それからふたたびロンファール卿を見かけたものはいなかった。
しかし、一年にいちど、ある決まった日に、ロンファール卿の馬が妖精の国でいななくのが聞かれるという。戦いの角笛の音も聞こえてくるということである。もし勇気ある人がそれに応えるなら、ロンファール卿は、いつでも馬上槍試合をLにやってくるだろうといわれている。
王の宮廷を去って、ウェールズのカーレオンに引きこもり、質素にさびしい暮らしをしていたロンファール卿のもとへ、ある日、ひとりの女性が訪ねてきて、トリアムールという美しい女性のもとへ案内した。トリアムールは五月のサンザシの花よりも白く、汚れのない肌をあらわにし、金髪を波打たせて寝台に横たわっていた。
この世のものとは思えない美しさをたたえるトリアムールをひと日見ただけで、ロンファール卿は魅了され、恋に落ちてしまった。
トリアムールは、妖精の国である西方の島を治めるオリロン王の娘で、妖精の女王であった。妖精のトリアムールは、ロンファール卿に騎士として必要なものすべてを与えることができた。強くてしなやかな武具と美しい衣装、毛並みのよい馬、忠実な召使、そしていつまでも空にならない財布であった。
そしてトリアムールは、ロンファール卿が会いたいと願ったときには姿を見せるが、ほかのだれの前にもその姿を現すことはなかった。
「ふたりの愛は、ふたりだけの秘密」
とトリアムールは告げた。
「だれにもふたりの愛を語ってはいけません。その秘密が守られなかったときには、わたくしはもう、あなたの目にも見えなくなってしまうでしょう。なぜなら、わたくしは人間ではなく妖精だからです」
トリアムールは、愛は心のなかにあるのだと言った。だから、ロンファール卿がその約束を破れば、永遠に消えてしまうしかないのだと。人間でも妖精でも愛することに変わりはないと、秘密を守ることを誓って、ロンファール卿はトリアムールと幸せに暮らした。
やがてロンファール卿は、大きな戦いに手柄を立てて、その武勲がアーサー王の宮廷にも伝わった。
アーサー王は、ロンファール卿を宮廷に呼びもどすことにした。宮廷に戻るロンファール卿に、トリアムールは人間の目には見えない姿でつき従ってきた。
この宮廷でもロンファール卿は、トリアムールのほかの女性にはだれにも目を向けることはなく、ふたりはいつも幸せだった。
ところがグウィネヴィア王妃は、多くの騎士が自分を尊敬し、また怖れの日で見つめるのに、ロンファール卿だけが目もくれず、なんの素ぶりも見せずにいることを不満に思った。
王妃はむかしの恨みも重なって、ことあるごとにロンファール卿をなじったり、さげすみの言葉を口にしたりして、関心をひこうとした。
そうしたことがあまりつづくので、ロンファール卿はつい言ってしまった。
「わたしには騎士の名誉をささげている清らかな女性がおります。その女性の美しさ気高さには、この宮廷のだれひとりとしてかなわないでしょう。その女性に仕えている卑しい身分の召使いさえ、王妃やほかの気高い身分の女性より勝っています」
部屋に戻って、すぐにこのことを告げようとトリアムールを探したが、どこにも姿が見当たらなかった。
ロンファール卿はトリアムールとの約束を思いだして愕然とした。彼女の姿はもうロンファール卿の前から消えてしまっていたのだ。馬も武具も衣装も召使いも宝の財布も、すべてなくなってしまっていた。
悲嘆にくれるロンファール卿の不幸はそれだけではすまされなかった。
自尊心を傷つけられた王妃が、ロンファール卿のいう美しい女性の姿がどこにもいないことに怒り狂って、追い打ちをかけたのだ。
王妃はロンファール卿を牢に閉じこめ、けっして許そうとしなかった。
牢のなかで、ロンファール卿は自分の過ちを悔やんでも悔やみきれない気持ちで過ごしていた。そんなロンファール卿に、日がたつにつれ王妃の怒りはおさまるどころか、勝ち誇ったようすさえ見せつけて、前よりいっそうつらく当たるようになった。そしてついに卿を処刑すると言いだした。
アーサー王の宮廷の騎士たちはみんな、ロンファール卿の過ちが王妃のよこしまな心のせいであることを知っていたので、助命を嘆願することにし、ロンファール卿の言葉が正しいことを証明するために、
「あなたの美しい恋人の姿をみんなに見せてはどうか」
と、すすめた。しかしロンファール卿は絶望の淵に沈んでいた。妖精のきげんを損ねてしまったいま、もうその願いはとどかないことを知っていたからだ。
いよいよ首切り台が用意され、死刑が執り行われようとした。
騎士たちはなおも助命を願って、口々に言った。
「まだ今日という日は終わっていない」
「日が沈むまで待たなければいけない」
みなは待ちつづけていた。
しかし日は傾き、容赦なく西の地平に落ちようとしていた。
と、そのとき。
十人の豪華な衣装をまとった女性たちが、馬に乗って、刑場の中庭に入ってきた。騎士たちは叫んだ。
「なんと美しい女性たちだ。ロンファール卿の言ったことはほんとうのことだったのだ」
「この女性たちの一人ひとりが、この場にいるだれよりも美しいではないか」
「ロンファール卿、どなたがあなたの恋人なのですか」
ロンファール卿は首を振った。
「どの人もちがうのです」
すると、さらに十人のきらびやかな衣装をまとった女性が馬に乗って現れた。
みな、前の十人よりももっと美しかった。
しかしロンファール卿は、
「この人たちもわたしの恋人ではありません」
とうつむいてしまった。
やがて、白い馬に乗った星のように輝く美しい女性が町を抜けて近づいてくるのが見えた。
トリアムールだった。
「あの方がわたしの恋人です」
とロンファール卿が言った。
騎士も、その場にいた女性たちも、その美しきに驚き、
「ロンファール卿が言ったことはほんとうのことだ」
と口々に叫んだ。
トリアムールの供のひとりが、ロンファール卿の馬を森から引きだしてきた。驚いて目を
見はる人々をあとに、ロンファール卿は馬上の人となり、トリアムールと連れ立って走り去った。
それからふたたびロンファール卿を見かけたものはいなかった。
しかし、一年にいちど、ある決まった日に、ロンファール卿の馬が妖精の国でいななくのが聞かれるという。戦いの角笛の音も聞こえてくるということである。もし勇気ある人がそれに応えるなら、ロンファール卿は、いつでも馬上槍試合をLにやってくるだろうといわれている。
◆ ケルト神話の英雄オシーンも妖精の女王ニアヴによって白馬に乗せられ、常若の国に連れていかれてしまうが、英雄である妖精は一年にいちど、ミッドサマー・イヴに姿を現し、馬で妖精の丘を一巡りする「妖精騎馬行(フェアリー・ライド)」をするといわれる。ロンファール卿にもこの資質が与えられているといえる。
ケルトの血をひくアーサー王は、中世になると騎士物語の英雄として語り継がれてきた。それとともに、アーサー王の宮廷における騎士と姫たちをめぐるロマンスも生まれた。さらに、この宮廷は妖精の世界ともかかわっているのだった。そして、妖精はいつでも人間に与えた贈り物のことをほかの人に話すことや、自分との関係の秘密をもたらすことを禁じている。この言い伝えは一九世紀までもつづいていた。
ケルトの血をひくアーサー王は、中世になると騎士物語の英雄として語り継がれてきた。それとともに、アーサー王の宮廷における騎士と姫たちをめぐるロマンスも生まれた。さらに、この宮廷は妖精の世界ともかかわっているのだった。そして、妖精はいつでも人間に与えた贈り物のことをほかの人に話すことや、自分との関係の秘密をもたらすことを禁じている。この言い伝えは一九世紀までもつづいていた。
『ケルトの妖精』 あんず堂
2019-05-29 22:54
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