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西洋美術研究者が語る「日本美術は面白い!」 №11 [文芸美術の森]

                          シリーズ≪琳派の魅力≫

                        美術ジャーナリスト 斎藤陽一

                第11回:  俵屋宗達「舞楽図屏風」 
    (17世紀前半。二曲一双。重文。各169×155cm。京都・醍醐寺)

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≪均衡の美≫

 京都の醍醐寺が所蔵する「舞楽図屏風」にも、“画家”俵屋宗達の絵画的な構成感覚が発揮されています。
 この屏風は、「風神雷神図屏風」と同じく、宗達が創始したとされる「二曲一双」形式です。六曲一双、時に八曲一双が一般的な形式だった屏風絵に、「二曲一双」という切り詰めた画面に絵を描く時には、より一層の集中力と構成力が必要とされます。

 ここに描かれているのは、平安時代に盛んに行われ、一時途絶えながらも、近世になって復活した舞楽の様子です。
 ここには、五つの舞が描かれていますが、実際には、舞人(まいびと)が9人揃って五曲同時に演じられることは無いそうです。どうやら宗達は、平安時代の舞をおさめた図像集の中から任意に選んだ舞の形を、全体構成にもとづき、思い切った独創的な構図で金地の上に配置したようです。
 先行する図像を借用しながらも、まったく新しいデザインを創り出す ― これも宗達がよくやったことで、後世に「琳派」の方法となって継承されるものです。

 ここに描かれている舞は、「採桑老」(さいそうろう)、「納曽利」(なそり)、「羅陵王」(らりょうおう)、「還城楽」(げんじょうらく)、それに「崑崙八仙」(ころばせ)という五つの曲だそうです。
 それ以外のものでは、右下に「大太鼓(だだいこ)と幔幕」、左上に「松と桜」、それだけが大胆にトリミングして描かれ、場所と雰囲気を暗示しています。背景は金地のみ。この思い切った省略法によって、かえって見る者には、広やかな空間が感じ取れます。「風神雷神図」に通じる空間把握ですね。
 空間をとらえる全体の視点は、上から見下ろす「俯瞰ショット」ですが、舞人たちの姿は「正面」から描かれています。これは、同一画面内であっても、対象に即して「視点」を自在に選んで描くと言う日本絵画独特の「複数の視点の混在」という描法ですね。

 使われている色彩は、基本的には赤、緑、白という宗達好みの色 ― しかし、このわずかな色が金地の上に効果的に配色され、鮮やかな画面となっています。

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 この屏風絵の特徴は、宗達が創り出した「構図」の妙、とされます。

 まず、四隅に注目 ― 左上の「松と桜」、右下の「大太鼓と幔幕」、それに右上の「宗達の印」と左下の「落款」、この四つによって四隅は閉じられており、この空間の中で舞楽が行われている、という構成になっています。(上図参照)
 さらに、主な図像は「対角線」上に配置され、これに「水平線」的な配置も加わっています。これらの線が交わるところに「点」を想定してみると、この構図は、幾何学で言うところの「点対象」になっていることが分かります。その結果、それぞれの舞が呼応し合うような感覚が生まれています。

 また、人物たちの配置には、四つの三角形が浮かび上がります。(下図参照)

さらに、一双の屏風の切れ目、つまり真ん中の下の方に「扇の要(かなめ)」を想定すると、全体が「扇形構図」になっています。扇絵で評判をとった絵屋「俵屋」お得意の構図ですね。

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 舞楽のプログラムが組まれるときに、定番の組み合わせを「番舞」(つがいまい)と呼びますが、この絵で描かれている「納曽利」と「羅陵王」が「番舞」、「還城楽」と「崑崙八仙」が「番舞」だそうです。
 宗達は、これを踏まえて、「番舞」の舞人たちの視線の交錯をも表現しています。(下図参照)
 さらに、中央の4人が引きずる「裾(きょ)」の流れにも、呼応関係が見出され、舞人たちの動きや方向までもが暗示されます。

 このように仔細に見てみると、宗達がこの絵で狙ったのは、広やかな金地という簡素な空間の中に、舞という図柄をいかに緊密に配置するか、ということだったのでしょう。その結果、この屏風には、緊張感のある均衡の美の世界が創り出されたのですね。

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 宗達作品の「絵画性」について、私に貴重な示唆を与えてくれた古田亮氏は、この屏風絵を「宗達晩年の境地」と考え、「(晩年に)『関屋澪標図屏風』を描いた宗達は、画面内にモチーフを配置することの面白さを再認識したのではないだろうか。枠の意識にとらわれながら、その枠内でモチーフをいかに配置するかが最大の関心事になったことで『舞楽図屏風』につながったのだ。・・・『舞楽図屏風』制作は絵画が純粋になることを求めた結果と見ることができるだろう」と書いています。これもまた示唆に富む指摘だと思います。(古田亮『俵屋宗達・琳派の祖の真実』2010年。平凡社新書)

 また、作家の澁澤龍彦氏は、「『舞楽図』を愛す」という小エッセイの中で、「見れば見るほど、ここにあるのは配色と構成のみの世界で、金地の空間には、目に見えない運動のエネルギーが塗りこめられているのを感じないわけにはいかない。(中略)かつて日本の絵画が表現し得た最高の詩だといってもいい。」と書いています。(「日本の美と文化⑭:琳派の意匠・雅びのルネサンス」;昭和56年。講談社)

 次回は、俵屋宗達の作とされている、抽象画のような趣がある「蔦の細道図屏風」を取り上げます。
                                                                 


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