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過激な隠遁~高島野十郎評伝 №4 [文芸美術の森]

第二章 画家との出会いと交流 2

       早稲田大学名誉教授  川崎 浹

画家のアトリエ
 アトリエは武家屋敷の一隅にでもありそうな、格式のたかい小さな剣道場を思わせた。
板張りの床の一隅にたくさんのカンバスが置かれ、土間に据えられたイーゼルには二〇号
の渓流の絵が置かれている。なんとみごとな構成と色調だろう。清例な渓の流れに打たれ
た私が率直な印象をのべると、画家は「これは勉強のためにもう少し手許に置いておきた
いのです」と応じた。画家がかなり気魂をこめて描いたらしいことが、その場の雰囲気で
感じられた。渓流の場所は奥秩父のあたりかと思われる。画家はこの絵をどのように描い
たかぼつりぼつりと話してくれた。
 かれは渓流の岸に立って、じっと水の流れを凝視していた。それは何時間も何日もつづ
いた。旅館に泊まりこみである。数日たつと渓流の水の動きがとまり、岸辺の岩や巌が動
きはじめ、それらが流れるようになった。その動く巌を描いたのですと画家は言った。
 かれはそうやって何日も見つめつづけてから、絵を何年もかけて描き、そしてそれをま
た新たに画架にかけて何ヶ月も何年も見つづけるという。
 「見る」という言葉は絵画や彫刻の世界でしばしば用いられるが、その内容は必ずしも
共通していない。あるがままに「見る」というが、各人各様の視線を有するので、見る行
為は人により千差万別である。また仮に画家がひとつの固定した「見方」に頼っていると
すれば、かれは見ているとはいえない。「見る」とは立ち止まらずにたえず見つづけるこ
とである。
 のちに、拙宅のある大泉学園の私鉄の駅から高島さんと電車に乗り、立ったままの姿勢
でおのずと視線が車内広告のほうにいくと、画家が「いま文字を意味としてではなく、純粋

に形として見る訓練をしている」といったことがある。あいかわらずおもしろいことを
と思ったが、画家は「見る」修練をつんでいたのだ。文字や単語には意味がこめられてい
るので、私たちは形そのものより意味を先に読みとってしまう。画家はそうした子供のう
ちから植えつけられている先入観を追い払い、文字をそこにある形のままに見ようとする。

しかもその対象は文字にとどまらず、自然や人間の存在そのものに向かう。

 生れた時から散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落せば落す程写実は深くなる、
 写実の遂及とは何もかも洗ひ落して生れる前の裸になる事、その事である.
          (高島野十郎遺稿『ノート』より。以下『ノート』とする)

 私たちはこれから画家高島野十郎が何をどのように見たか、その軌跡をたどることにな
るだろう。
                                                              

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