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論語 №74 [心の小径]

二三二 子のたまわく、歳(とし)寒くして然(しか)る後(のち)松柏(しょうはく)の凋(しぼ)むに後(おく)るるを知る。

                法学者  穂積重遠

 「しぼむにおくるる」は「のちにしぼむ」のではなく、「外の木の葉がしぼむあとまで残ってしぼまぬ」 の意。

 孔子様がおっしゃるよう、「厳寒の候、ほかの木の葉がしぼみ落ちる時になってはじめて松やカヤのみどり色かえぬときわ木たることがわかる。」

 「国乱れて忠臣あらわれ、家貧にして孝子出ず。」で、人間の真価も大困難に遇ってはじめて発揮(はっき)されるものぞ、という趣旨であるこというまでもない。今日の日本こそ正に「歳寒くして」だが、われわれ願わくは「凋むに後るる」松柏の操を堅持したいものだ。

二三三 子のたまわく、知者は惑(まど)わず、仁者は憂(うれ)えず、勇者は懼(おそ)れず。

 孔子様がおっしゃるよう、「知者は道理に明らかだから迷わない。仁者は常に道理に従い私欲がないから心配しない。勇者は道理の命ずるところを信じて行うから怖(こわ)がらない。

 このごろのように惑いつ憂いつ慣れつの有様では、全くもってなさけない。願わくは国家としても、また個人としても、「惑わず憂えず懼れず」の知・仁・勇三徳兼備でありたいものだ。

二三四 子のたまわく、与(とも)に共に学ぶべし、未だ与に道に適(ゆ)くべからず。与に道に適くべし、未だ与に立つべからず。与に立つペし、未だ与に権(はか)るべからず。

 孔子様がおっしゃるよう、「共に学問に志す人は求め得ようが、共に道に進み得る人は得難い。共に道に進み得る人はあっても、共に道の上に立って物に動かされない人を得ることはさらにむずかしい。共に立つことのできる人は得られても、事の宜(よろ)しきに従って変通し本末の軽重をはかって正義に合せしめることを共にする人を得ることは難中の至難じゃ。」

 孔子様の学問はけっして固定的でなく、結局は義にかなった臨機応変なのだが、その義にかなった臨機応変が至難なのだ。

二三五 唐棣(とうてい)華、偏(へん)としてそれ反(ひるがえ)る。あになんじを思わざらんや、室(しつ)これ遠ければなりと。子のたまわく、未だこれを思わざるなり。何の遠きことかこれあらん。

 前段は当時の民謡らしい。イクリの花がヒラヒラとひるがえる、というので、かの万葉の「野守(のもり)は見ずや君が袖振る」の趣だ。

 「いくりの花がひらひら招く、思わぬじゃないが、住居が遠い。」という民話がある。孔子様がおっしゃるよう、「それはまだ思わぬのじゃ。思うならば、何の遠いことがあろうか。」

 孔子様が男女相思の民謡をかりて第一七六章の意味を言われたのだ。孔子に恋歌は不似合(ふにあい)だというので、これは賢人を思う古詩だとする学者がある。それだから若先生はせっかくの『論語』を乾燥無味にするというのだ。孔子様はそんなボクネンジンではない。もしわが国の俗謡をご存知だったら、「日本には『ほれて通えば千里も一里』というのがあるよ。」とおっしゃったかも知れない。


『新訳論語』講談社学術文庫

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