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ケルトの妖精 №2 [文芸美術の森]

蝶にされたエーディン 1

             妖精美術館館長  井村君江

 地下の神ミディールは、マン島にある常若の国の王宮で、妻ファームナッハと平穏な暮らしをしていた。しかし、そんな暮らしにあきたミディールは、国じゅうでいちばん美しい娘を嫁にしたいと思うようになった。
 ミディールは養子のオィングスを王宮に訪ねて気持ちを伝えると、オィングスは、
「コノートの国の妖精の丘の王、アイルの娘エーディンがいちばん美しい」と言った。そしてオィングスは養父ミディールのために、アイル王に頼んで願いをかなえた。
 エーディンは若く、しとやかであった。人々は美しいものを目にすると、「まるでエーディンのように」とたとえるほど美しかった。
 夫が連れてきた美しい花嫁を見て、ミディールの最初の妻ファームナッハははげしい嫉妬に身を焼いた。
 ある日のこと、ファームナッハは魔法の杖でエーディンを打ちすえた。エーディンは毛虫に変わり、毛虫は紫の蝶になって美しい羽を広げて飛び去った。
 エーディンの姿が見えないことに気づいたミディールは、いつからか自分のまわりをひらひら舞いながらついてくる蝶がエーディンだと気づいた。蝶のまわりにはいつも芳醇な香りが漂い、たえなる調べが流れていた。
 これを知るとファームナッハは怒って、ふたたび魔法の杖で蝶のエーディンを宮廷から追いはらってしまった。
 エーディンは荒涼とした岩だらけの野や霧のほかには何もない海の上を、七年のあいださまよい飛びつづけた。
 ある日、幸運なことに一陣の風が蝶のエーディンをオィングスの王宮の窓に吹きいれた。
オィングスには、その蝶がエーディンだとすぐにわかったので、なんとか魔法をとこうとした。しかしファームナッハのかけた魔法のほうが強くて、オィングスにはとくことができなかった。
 そこでオィングスは、蝶のエーディンのために、日のよく当たる場所に小さな四阿をつくり、草や木を植えて甘い蜜のあふれる花々を咲かせた。
 しかし、ファームナッハはこのエーディンの隠れ家もすぐに見つけてしまい、また魔法の杖を振りあげて嵐を起こし、こんどもエーディンを吹き飛ばしてしまった。
 蝶のエーディンは、渦まく風に翻弄されながら、アルスターのエタア王の広間に吹き飛ばされ、エタア王の妃が手にしていた杯のなかに落ちた。王妃は知らずに酒と一緒にエーディンを飲んでしまった。
 蝶のエーディンは王妃の子宮に落ち、ふたたびこの世に生まれたときは、エタア王の娘エーディンとして、人間の娘になっていた。
 アイル王の娘エーディンとして妖精の丘に生まれてから、エタア王の娘エーディンにふたたび生まれ変わるまでに、すでに千十二年の歳月が過ぎていた。エーディンは祖先のダーナ神族のことも、むかしの身分も知らず、人間の娘として成長していった。
 そのころアイルランドの王に、エオホズが即位した。しかしこの王には妃がいなかったので、領民の信頼を得られず、人々は貢税を納めようとしなかった。
 王は困って、貴族たちにアイルランドでいちばん美しい娘を探してくるように言いつけた。やがて貴族のひとりが戻り、ユタア王の娘エーディンがもっとも美しい娘だと告げた。
 エオホズ王がユタア王の王宮に会いにいくと、エーディンは泉のほとりで銀の櫛を手に、金色の髪をといているところだった。
 エーディンは金の細工をほどこした真紅のマントを美しい銀のブローチで留めていた。袖口からのぞいている腕は雪のように白く、ヒヤシンスのように青い目、辰砂(しんしゃ)のように赤い唇、首筋は砕ける波のように白くすらりとして、腿はつややかに白く光っていた。顔は月のように端正で気高く、声はやさしく上品であった。
 人々はエーディンのことを妖精のように美しいと言っていた。
 エオホズ王はエーディンの気高さ美しさにうたれ、妻に迎えることに決めると、ふたりはエオホズ王のターラの王宮で結婚した。(つづく)


『ケルトの妖精』 あんず堂

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