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対話随想余滴 №12 [核無き世界をめざして]

余滴12   関千枝子から中山士朗様

             エッセイスト  関 千枝子

 私のけがでご心配かけましたが、中山さんは、肺炎の後、すっかりよろしいのでしょうか。ご自分の体のことは書いておられないので、心配です。でも、定政さんや、中国新聞の西本さんが別府まで見えたとのこと。よかったですね。別府は近頃広島からは不便で、皆さま行きたいと思いながら敬遠されるのですが、本当に良かったと思います。でも、中山さんの一中同窓会(鯉城高校の一年だけの卒業生ということになりますか)、「二三会」十五人参加というのは厳しいことですが、それにしても幹事役がいて、同窓会が開けるだけでも立派だと思います。

 この後、前の余滴の10での書き残しですが、一応書いていたものを送ります。書いてから少し時間がたって、少しバカみたい問われながら思うこともあるのですが、一応ご報告ということで。

 杖を使い始めたのはずいぶん前です。十年以上前です。転ばぬ先の杖、絶対に転倒することはないと威張っていたのですが、過信だったようです。倒れた瞬間痛いという感覚はなく、みっともない、起きなくてはと思ったのに、立ち上がろうとしても体が動かず変だと思っているうち人が寄ってきて皆様のお助けでひとまずロビーの椅子に腰かけました。落ち着いたので、体を動かそうとしても動きません。変だなと思っていると、水戸さんのお友達の介護の専門家の方が来ていらしたのですが、私の足などを動かしてみて、これはちょっと楽観出来ないと、自分で電話をかけ救急車を呼び、さまざまな手続等をとってくださいました。あれがなければもっと面倒なことになっていたかもしれません。救急車に乗る時、担架に乗せられる時の痛さ、思わず悲鳴が出、我ながらただ事でないと思いました。着いた先は東京新宿メディカルセンター(昔の厚生年金病院)です。整形外科では定評があるところで、まずはよかったと思いました。これからが大変で、検査があり、大腿骨骨折をしている、このまま入院と言われ、驚きました。一応ノートに子どもたちの電話が書いてあるのですが、なかなか通ぜず、大変でした。
 しかしこの救急センター、救急のけが人で一杯なのにも驚き、看護師さんたちの親切なことに心温まる思いでした。次の日が土曜日で、医師が決定しないというので心配しましたが、翌朝、救急センタ―の当番医師だった。小松先生が執刀すると言ってくださいました。
 この日からあと私は予定がぐっと詰まっていたのです。五日が選択議定書批准を目指す院内集会、六日が歯医者、七日が女性「9条の会」主催の澤地久枝さんの講演会、八日は昼間が安保関連法女の裁判の法廷があり、夜は、「38国際女性デー神奈川集会」に講演に行くことになっていました。この中で一番困ったと思ったのは、国際女性デーでした。ふつつかな私がメイン講演者です。責任もあり、日にちが迫っています。誰を代役にするにしてもお困りのことよくわかります。ほかの会は私の役と言っても大したものでなく、誰でも代わりはききますが、8日のことは本当に悩みました。
 主治医の小松先生に8日に講演に行けないかとお願いしてみました。「不可能ですよ。」と小松先生。「あなたの状態では今車いすに乗ることも不可能です。車に乗せるにしても3人がかりですよ。」確かに私も、その後、身動きできない痛さを経験しました。すぐそこの物が取れない。少し体を動かしてもイタイタ。何とも情けないがどうにもならないのです。小松先生に「あきらめます」というしかありませんでした。
 でも本当に悩みました。金曜日の夜の事故なので土日が入り、事故のことを知らせたのが月曜、期日までに代役決まるかしら。申し訳なく、死ぬ思いで、持ってきてもらったパソコンで、レジュメの梗概はできていましたので話し言葉で書きました。病院の病室には電源はあるが、インターネットは通じません。外部との連絡は携帯のみ、閉ざされた世界になりそうで、困ったのですが、娘たちのスマホにつなぐことでインターネットにつながることが判りました。その時だけですが、私に来たメールは全部開けられますし、明けたメールは後から読むこともできます。メールも飛ばせます。この機能を生かし、神奈川の女性デーの実行委員会に原稿を送ろうかと思ったのですが、そんなのをもらってもかわりに読む人はないし、と、断られてしまいました。それはそうですね、娘たちも却って失礼だよ、と言っていましたから。ただ私、精魂込めて書いたので少しがっかりしました。3・8の中央集会なども、今年は女性差別撤廃条約40周年を言っていますが、私は長い38の歴史、共産党だけの祭りだ、と、時の政府や占領軍などに言われながら、この日を守り抜いた日本の女性たちの歴史を強調したかったのです。
 もう一つ驚いたことは、病院の看護師の女性たちも「38女性デー」のことなど全く知らないことでした。女性デーにとり組んでいる人は多いし、皆がんばっています。しかし女の運動、まだまだ少数派というか、女性の中でも主流になっていない。これは問題だと思いました。「女性デー」を国民の祝日に、という運動ができないものかと思いました。
 私は今の祝日が、ほとんど全部、戦前の皇室関係の祝日がそのまま残っていることに、本当に問題を感じます。一月一日や、春分の日、秋分の日など関係ないではないかと思われるかもしれませんが、正月元旦は皇室にとって最大に大切な祭祀の日、皇室は天照大神の子孫で、太陽信仰です。春分や秋分は春季皇霊祭,秋季皇霊祭という太陽信仰に由来する大切なお祭りの日でした。あとになってできた海の日などの祝日も何やら皇室がらみだったり、こんな祝日ばかりで女の日がないのはおかしいではありませんか。
 
 イタイイタイで騒ぐうち七日には手術となりました。手術は寝ているだけですから私は気楽ですが。翌日からのリハビリで、けがのあと始末の大変なことが判ってきました。
 実はここまで書いて止まってしまったのは、ショックを感じてしばらく茫然としていたからで。手術の翌日からリハビリなどと言いますと、昔の人はびっくりしますが、リハビリは早い方が回復が早いと言います。リハビリの先生たちは親切ですし、いつも思っていることですが、この方々は、絶対に悪く言わず褒めてくださいます。昨日よりよくできましたよ、と言われるとたとえ御世辞でもうれしくなるというものです。
 それで何となくほんわかしていたのですが、手術後一週間たち、シャワーを浴びていいことになりました。これも順調でいいことのはずだったのですが、何しろ初めて電話、がみがみ言われ、看護助手の人が体を左に(左は手術したほう)ひねってはいけない、かがんではいけない、そうすると手術のあとが悪くなるようですが、自分は前のような体になれないのか、前にしゃがむこともできないのかと、ものすごくショックでした。つまり落ち込んでしまったのです。髪も洗ってもらったのですが、美容室スタイルであおむけ、前かがみはだめと言われるとこれは退院してからどうなるのだろうと考えてしまいます。
 手術の前に先生と話し合い前かがみにも耐える金具を使ったはずですが、看護師にがみがみ言われると本当に嫌になりシャワーして気持ちいいはずがイヤーな気持ち。
その後看護師の方も、少し前かがみは構わないとも訂正され、生活指導の先生も髪もうつぶせで洗ってもいいと言われたのですが、とにかく衝撃でした。私は、けがの前のような状態になると思い込み、多少歩くのが遅くなるかも、くらいに思っていたのですが。とにかく術前にもどれず、介護ヘルパーの世話がなければいけないのでは嫌ですね、心配で心配で、夜も寝られぬ感じです。
ここまで書いてしばらくお休みしていました。だいぶ状況が変わり気持ちも変わってきました。シャワーもだいぶ上手になっていますし(整形外科のシャワーって、サービスでなく、リハビリのトレーニングの一つなのですね)。リハビリもよれよれだったのが、歩行器で歩けるようになりましたし、杖で歩くのも始まりました。まだ歩くと息が上がりますが、かなり上手に歩けました。息が上がるのは体力が減っているからで身動きできない頃、かなり体力を使っているからと、リハビリの人は言います。
この病室年寄りが多く、私は元気派のようです。前の日、分かっていたのに、次の日、自分がどこにいるかもわからなくなる人もいてびっくりすることもあります。認知症の人のけがも大変ですね。要するにけがをするのは年寄りに多いということでしょうか。
でも医者に、「あなたが六〇歳だったらあのくらい転んでも大腿骨骨折になりませんよ」と言われてしまいました。元気を装っていても婆は婆あだと思います。過信せず落ち込まず、リハビリにつとめなければなりません。ともかく外歩きができ、一人で、暮らしていけるようにならないと。
こんなことを言っているうち、テレビは、新しい元号でバカ騒ぎです。私は元号というものにそもそも反対で、日本だけなぜこんなバカなことがあるのか、西暦で通した方が、ずっと経済的だし、グローバル化など言われるのに、元号にしがみつくのはおかしいと思うのですが、世の中大騒ぎで、万葉集ブームとか、梅の名所がブームだとか、あの万葉集の歌が詠まれた九州大宰府の神社に人が押しかけているとか、誠にばかばかしく思えます。安倍さんは、万葉集を日本古来のものということを強調、日本の文化と伝統を言っていますが、萬葉集自体中国の古典の影響を受けていますし、万葉仮名、つまり漢字で日本語を書いたわけで、字を中国からもらい、それを日本流に直していったわけで、中国の古典の影響、少しも恥ずかしいことではない。それに万葉集は、貴族から庶民まであらゆる階層の人の歌と言いますが、本当に貧しい人や防人たちが、あの難しい万葉仮名をかけたのだろうか。誰か「手を入れた」のではないだろうか。私はなんとなくそんな疑問も持っているのですが。「防人の歌」というと私たちの世代、すぐ思い出すのが「海ゆかば」です。でも、テレビなどを見る限り、それを言う人はありません。私はあの歌がすぐ頭に浮かび、げっそりしたのですが。
とにかくすぐバカ騒ぎに乘ってしまい(乗りやすい)、さらにそれを商売にしてしまう、日本人の体質、私恐ろしく思われてならないのですが。

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