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猿若句会秀句選 №95 [ことだま五七五]

猿若句会特選句集 95(2019年3月16日)

              猿若句会会亭  中村 信

 多摩川の流れに沿うて青き踏む  原 健一
 有卦に入る墨堤茶屋のさくら餅  丸本 武
 有難う合言葉にし卒業す  中村呆信
 あさり汁有明海の砂残し  宮島久代
 花に風情人は有情のこの世かな  柴田弘道
 薄れゆく記憶を手操る弥生かな  内野和也
 春恵む天地の神おわすなり  長谷川英夫

◆猿若句会三月例会の特選句集です。例によって一句だけの短評から始めます。
[短評] [多摩川の流れに沿うて青き踏む 健一]。前月とは別な意味で弱りました。難しい季語句が巻頭に選ばれました。「青き踏む」は、一見易しそうな季語ですが、どうやら一癖も二癖もありそうです。おそらく作者も選者も「野遊」と同じ感覚で、この季語を選んだと思います。「踏青」とどう違うのかと云われると、現代では厳密にはそう違わないとする歳時記もあるとか。強いて言えば「野遊」のほうがピクニック的な要素が強いかもしれません。「踏青」は中国の故事から生まれた季語ですので、その行為に多少格式ぶったところがあるとでも言えます。元は[ある決まった日(諸説あり)日に、延べに出て、青草を踏み、逍遥する]ことだそうです。そう堅いこと言わずに現代的な解釈で良いことにしないと俳句が面白くなくなると言われれば、人それぞれですから強く反対もできません。しかし「多摩川の流れに沿うて」の措辞はあまりにの大雑把すぎると言われたらどうでしょう。秩父の笠取山の源流に発して六郷川の東京湾まででは広すぎはしませんか? 多摩川と聞いて立川周辺を思いだすのは立川っ子だけでしょうから、ご祝儀的な俳句としか読めません。向後、ご祝儀的俳句・ご都合主義的俳句の選句はやめましょう。この一句だけを徹底的に叩いている風にみえたとしたら、私の意図するところではありません。私が批判したいのは作者側よりむしろ選ぶ側です。選句の際には、作意や句意よりも、句としての佳否に厳しい批評眼を持とういうことです。私がいつも言っていることは「俳句の上達の秘訣は一にも二も厳しい批評眼を育てることにある」です。句会での選句は、いわば即興に近いものですが出来る範囲でいろいろ確認したいものです。他人に聞くことも決して恥ずかしいことではありません。
◆句会での特選以外の秀作・佳作については中村信のホームページ《あ》[http://saruwakakukai.web.fc2.com]をご覧ください。(ただし、該当欄が一時的に更新不能のため、同「掲示板」投稿欄にて代替しています)


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