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いつか空が晴れる №56 [雑木林の四季]

      いつか空が晴れる
           -I want to be happy-
                                               澁澤京子

 ずいぶん前にジャズの好きなK君から、早逝したジャズピアニスト、守安祥太郎の「幻のモカンボ」のCDのコピーをわけて貰って聴いたとき、すごいピアニストがいるなあ・・とひたすら感心したのだった。
守安祥太郎は、バド・パウエルを尊敬していた。バド・パウエルよりもっと線の細い、都会的な繊細なピアノで、こういうピアノを弾く人はあまり長生きしないだろうなあ、という感じがしたのだった。

もっとも、ビバップのバド・パウエルも、麻薬、精神障害(被害妄想)、アル中のうちに健康をむしばみ、41歳で早逝した。
目黒駅で飛び降り自殺したとき、守安祥太郎は31歳。バド・パウエルより10歳若かった。

植田紗加栄さんという人の書いた「そして、風が走り抜けていった」という守安祥太郎の伝記がとても面白かった。
守安祥太郎、大正13年生まれ。生家は東洋英和の並びの六本木沿いの大きな家だった、とある。昔、英和の隣に、高い塀に囲まれた鬱蒼とした感じの大きなお屋敷があったけど、あれが守安祥太郎の家だったんじゃないだろうか?
家にあったピアノで遊んでいるうちに、あっという間にクラシックを弾きこなせるようになってしまったというからもともと才能があったのだろう。
子供の時の写真を見ると、丸メガネをかけてやせた背の高い少年で、ピアノの才能がなかったらまったく目立たないような大人しそうな少年だ。

「幻のモカンボ」I want to be happyは you tubeでも聴くことができる。トランペットの宮沢昭も相当かっこいいのだけど、宮沢昭は、守安のピアノとのレベルが違いすぎて、恥ずかしくて今では聴きかえすことができない、というのだそうだ。守安祥太郎だけがちゃんとしたジャズを演奏していた、というのだ。
素人にはよくわからないのだけど、この本によると、守安祥太郎はショパンでもアレンジしてまったく別の曲のように演奏することができた、とあるから、彼だけ独自のアレンジがすでにできていたのかもしれない。

飛び込み自殺の原因についてはいまだに謎なのだそうだ。失恋説というのがあって、渋谷のジャズ喫茶デュエットのウェイトレスの女の子にふられたというもの。
その前に、まだ無名のダンサーだった淡路恵子に熱烈に恋をして、振られたショックで劇場の二階から飛び降りてしばらくびっこを引いて歩いていたことがあったという。
失恋した守安が思いつめて、発作的に自殺した可能性も大きい。
自殺の前には珍しく友人に借金をしていたらしい。お坊ちゃま育ちの守安祥太郎が、ジャズ喫茶のウェイトレスの女の子に貢いだあげく、いいように利用されて捨てられたという、よくある話だったのかもしれない。

このデュエットという店は、私の記憶では渋谷の麗郷という台湾料理屋の斜め前だった。ところが斜め前の、二階に上っていく小さなジャズバーはジュニアスで、デュエットはもっと東急本店よりにあったということを友人から教えてもらう。

麗郷の横の細い坂道を登っていくと、坂の途中にはbeamsというトラッド系のブティックがあって、学生のときよく買いに行った。ニュートラ、ハマトラなんてファッションが流行していたころのこと。もう少し上ると左側にはトニーラマのブーツなんかを置いている小さな靴屋があり、さらに坂を上り詰めたところが渋谷百軒店で、スウィング、その奥にはミンガスというジャズバー、音楽館やブラックホークがあった。ブラックホークではよくボブ・ディランがかかっていたのを覚えている。

渋谷百軒店はその昔、東急が開発した歓楽街で、戦前はエノケンが出るような大きな劇場もあったらしい。ちなみにエノケンは守安祥太郎のファンで、ピアノを弾いている守安祥太郎とエノケンが一緒に写っている写真がある。

私が学生のとき、今の109はなくてあの辺は恋文横丁と呼ばれていた。恋文横丁がなくなるとき、はじめて恋文横丁の路地を歩き回った。フーテンの寅さんの着るようなダボシャツなんかを売っているような小さな露店が路地にたくさんひしめいていた。

恋文横丁から百軒店にかけては、敗戦直後、中国系マフィアと日本のやくざの抗争があったような場所で、私が学生の頃まで、渋谷の道玄坂はなかなか風紀の悪い、怖いような場所でもあったのだ。

守安祥太郎がジャズマンとして華々しく活躍していたのはたったの七年。
まさに敗戦後の日本のジャズをリードして、レベルを高度にひきあげたあげくに、あっという間に消えてしまったのだ。
もし、守安祥太郎が生きていたら?と考えてしまうけど、人の人生にはイフなんてないのだろうな、と最近しみじみ思うのである。


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