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私の中の一期一会 №187 [雑木林の四季]

        シアトル・マリナーズのイチロー、母国・日本で「現役引退」を発表
      ~「あの球場での出来事を見せられたら、後悔などあろうはずがない」~

         アナウンサー&キャスター  藤田和弘

 イチロー現役最後の瞬間は、アスレチックスとの開幕2戦目の8回裏に訪れた。
 マリナーズの地元、シアトル・タイムズ紙は東京ドームのラストシーンを次のように地元に伝えた。
「マリナーズは4万6451人の大観衆が、心からイチロ-を称えることが出来るように配慮した。
 8回裏のイチローは一人ライトの守備位置に走ったが、他の選手はフィールドに向かわなかった。
 チームメートたちは、イチローが慣れ親しんだ守備位置につくのを待った。
 この時、東京ドームの場内アナウンスは“憧れの的”が試合から退場することを観客に説明した。
 大観衆が立ち上がり歓声をあげる中、イチローはゆっくりとダグアウトに戻っていった。
 マリナーズの選手一人一人がイチローと抱き合うためダグアウトを出る。この時アスレチックスの選手も立ち上がり拍手を送っていた・・・」と感動的な瞬間を記事にしている。
 確かに感動的な光景だった。サービス監督が交代の合図をした時、イチローの表情は柔和に変わっていった。ベンチにいる時の、いつもハンターのような鋭い眼差しが消えていたように私には見えた。
 手をあげて大観衆の歓声に応えながらベンチへ戻ったイチロ-は、マリナーズのチームメート、一人一人と抱き合い、スタッフたちとも固い握手や抱擁を交わしたが、イチローは終始笑みを浮かべ、目に涙を貯めるようなことはなかった。
 サンフランシスコ・クロニクル紙の電子版が詳しく伝えたことだが、イチローはこの後アスレチックスのダグアウトに向かい、帽子をとってボブ・メルビン監督に敬意を表したという。
 04年、イチローがシーズン262安打で、メジャー記録を84年振りに更新したときボブ・メルビンはマリナーズの監督だったのである。
 試合後メルビン監督は「彼は歴史に残る最も輝かしい成績を残した素晴らしい選手の一人だった。対戦チームが相手の選手にスタンディング・オベーションを送ることは滅多にないことだ」と述べている。
 シアトル・マリナーズのイチロー外野手が、アスレチックスとの開幕2戦目を花道に、母国で“現役引退”を発表するであろうことは、ほぼ1年前から噂されていたことであった。
 衰えが目立つイチローを大事な開幕戦に、マリナーズが先発起用した理由について、ティム・レイカー打撃コーチは次のように話した。
「イチローは偉大な選手だからだ。ここに来るまで1年近く生きたボールを打っていなかったのは大きい。
 だが、信じられない力を発揮するイチローの可能性にかけてみたのだ」と。
 若い選手や我々スタッフも多くのことを学べる筈だとレイカーコーチは言うのである。
 イチローの最後の勇姿を見ながらベンチで涙をこぼしたディー・ゴードンは「彼が日本での開幕戦でメンバー入りすることに異議を唱える選手なんてマリナーズには一人もいないよ」と断言した。
 何とかしてイチローに有終の美を飾らせようとするチームメートや監督、スタッフに囲まれて、メジャーリーガーのイチロー・スズキは、惜しまれつつ現役生活に別れを告げたのである。
 あの日、夜11時56分にイチローは記者会見場に姿を現わした。
「こんなにいるの?・・びっくりするわ」が彼の第1声だった。
 イチローはマリナーズのユニフォーム姿のまま、長時間に及ぶ深夜の引退会見が始った。
「今日のゲームを最後に、日本で9年、アメリカで19年目に突入したところだったんですけど、現役生活に終止符を打ち、引退することになりました。
 最後にこのユニフォームを着て、この日を迎えられたことを大変幸せに感じています。
 この28年を振り返るにはあまりにも長い時間だったので・・・ ここで一つ一つ振り返ることは難しい。  
 これまで応援していただいた方々への感謝の思い、球団関係者、チームメートに感謝を申し上げたい。皆様からの質問があればできる限りお答えしたいと思います」
 この夜のイチローはたくさんの質問に、嫌な顔ひとつせずよく喋ってくれた。 
 引退を決断したのは、アリゾナキャンプの終盤、日本に戻ってくる何日か前だった。
 もともと日本で、東京ドームでプレーするのは契約上の予定だった。キャンプ終盤で結果を出すことが出来ず、契約を覆すことが出来なかった。
 思い残すことはないかと訊かれ、「今日の、あの球場での出来事・・あんなもの見せられたら後悔などあろう筈がありません」という答えに、敢えて“未練はない”と言わないイチロー節は健在だなと思った。
 もっと出来たことはあると思うが、結果を残すために自分なりに頑張ってきたことはとハッキリ言える。
 自分のためにプレーすることが、チームのためになる。見てくれる人も喜んでくれると思ていたが、ニューヨークに移ってから“人に喜んで貰うこと”が一番の喜びに変わった。
 ファンの人無くして、自分のエネルギーは全く生まれないと言ってもいいと思うようになった。
 日本に戻るという選択肢はなかったのか?という質問には「なかったですね」の一言を返しただけだった。
 アメリカに来て外国人になったことで、“他人の心をおもんばかったり”、”痛みが分かったりする”今迄なかった自分が現れた。
 エネルギーがある時に、逃げ出したいものに立ち向かっていくのは大事なことだと思う・・・
 BSテレビで生中継された深夜の会見が、84分に及んだことは翌日の新聞で知った。
 日本のメディアと距離を置くイメージがあるイチローが、あんなに長く会見に応じるとは思わなかっただけに、新しいイチローに触れる思いがした。
 アメリカのスポーツ専門メディア、ジ・アスレチックによると、アメリカ時間21日朝、マイアミ・マーリンズの選手、コーチらが早朝からクラブハウスに姿を現わし、日本でのイチローの最後のスイングを見届けようとテレビの周りに集まったという。
 日本で21日の18時に試合が始まったとき、マイアミは米東部時間の21日午前5時であった。
 イチロー最後の打席についてドン・マッティングリー監督は「一瞬、審判が彼をアウトにするのをためらったように見えたねえ」と際どいタイミングだった一塁でのクロスプレ‐が話題になったことを記事にしている。
 マッティングリー監督は「イチローは打撃のやり方が独特だった。足の速さと守備などあらゆることが周りと違っていた。見ていてワクワクするものだった」と話したという。
 ダン・ストレイリー投手は「彼が野球に完璧なまでに身を捧げていたのは誰の目にも明らかだった。無駄な時間などなかった。彼と過ごした毎日は楽しかったよ」とイチローを懐かしんだ。
 マーリンズの選手たちは朝早くからテレビを囲んで、レジェンドに敬意を示し、最後の雄姿を目に焼き付けようとしていたのだろう。
 マリナーズのディポトGMは、現役を引退したイチローに何らかの役職を用意し、球団に残留させる意向を明らかにしている。だが具体的なことはまだ何も決まっていない。

 「51番が打席に立つたび、どれだけ胸を躍らせたことだろうか。
 ひょっとして、あれだけ面白い時代はもう訪れないのではないかと内心思っている、いや恐れている。
 存分に楽しませてもらったお礼を、いつか言えたらいいのに・・」
 スポーツジャーナリスト生島淳さんの言葉である。
 


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