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じゃがいもころんだⅡ №5 [文芸美術の森]

犬の散歩

              エッセイスト  中村一枝

  足の具合が悪くなって2年近く経つだろうか。ちょっとした買い物や、家の中の歩行はなんとかこなせるにしても、一番困ったのは犬の散歩だった。小さい庭はあるにしても運動量の多いビーグル犬にとってはもの足りない空間である。10歳という年齢は、育ち盛りではないがまだまだ運動が必要なときである。犬の方はなんとなく飼い主の事情が違ってきているのは察していたに違いない。それでも小さい庭は散歩場とはまるで違う。贅沢だと言われればその通りだが、やはり自分の都合で犬に不自由な思いをさせていると思うのが一番つらい。
 犬の散歩係の話は以前から聞いていた。そんなばかなと頭から否定していた。自分が散歩できなくなるなんて、想像もしていなかったのだ。犬の散歩係のお世話になるなんて、自分が歩くのが不自由になるなんて・・・。誰しも自分はならないと思う安易さである。思い立ったら吉日ではないが、今やこの手のサービスは探せばいくらでもあった。私の頼んだサービスはウチからはほど近い池上で、その人はバイクに乗ってやってくる。感じのいい三十前後のお姉さんだった。値段はそれ相応に安くはないが、犬をひっぱってもっと足の具合の悪くなる事を考えたらお金の事は二の次になる。
 犬はやってきたお姉さんにすぐなついた。外に出たくてどんなにストレスを溜めていたものかと思う。ただ犬にも飼い主が犬を外に出せない事情と言ったものはなんとなくわかっている気がする。いつも週一回掃除にくるおばさんにこの話をすると、勤めている娘さんが休みの日に一回くらい来てもいいと言ってくれた。散歩係より格安な値段で犬の散歩に連れて行ってくれるというのだ。週2日の散歩ではちょっと可哀想と思っていたから願っても無い話だった。犬はその娘さんにもすぐ懐いて嬉しそうに外に出て行く。犬の散歩係より格安の値段でいいのかなと思うが今は好意に甘えるしかない。ところで犬のお姉さんの来る日には犬も気配を察するのか朝からベランダで下を見ている。
 もう一つ別のことに気がついた。どちらのお姉さんにも犬は喜んでついて行くが、おばさんの娘さんが来ると、その泣き声も微妙に違う。甘えと言うかベタツキというか、それには私も笑ってしまった。姿かたちも遜色ない二人なのに犬にも好みというものがあるのかもしれない。もう一つ聞いてみると、娘さんは会うと全力疾走するらしい。犬はそれも嬉しい事らしく、犬には犬の事情があるものだと改めて感じた。それにしても物言わぬ犬にも伝達の手段があるものなのだ。犬と暮らしていると、通じ合うものが無数にあることを日々感じるのである。


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