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梟翁夜話(きょうおうやわ) №35 [雑木林の四季]

膝苦行逸話

                 翻訳家  島村泰治

もう50年も昔の話し、留学先から帰った途端に歯が猛烈に痛み始めて歯科に跳び込んだ。酷い虫歯で噴火口のような惨状で、よくまあこんな状態まで放っておけたものだと呆れられたものだ。医療費が法外なアメリカでは虫歯など気の持ちようで痛みが感じられなかったのだろう、と一席の笑い話で収めたが、昨日今日になって、今更のように気の持ちようが薬にもなり毒にもなることを実体験している。

巷でQOL(Quality of Life:生活の質)という横文字が流行っている。生き甲斐やら張り合いのある生活ということなのだが、体のどこかが故障をすると、途端に生活に張り合いがなくなるものだ。私ごとだが膝の悩みなどはそのよい例である。歩けないなら車椅子なり歩行補助器に頼り切れようが、ほどほどに歩けることが悩ましいのだ。まず癇に障る痛みがある。膝関節の繋がり具合で咄嗟に襲う疼痛が切ない。一歩一歩、痛みを避ける歩き方を模索する。段差を避けてひたすら探り歩きをする。片足で体重を支えられないから、膝を痛めぬために敢えて転倒して衝撃を避けるなど、全神経を膝に集中しての歩行は難行である。

努力の成果は実り、例のチクリチクリさえ我慢すれば徐行歩行に何の苦もなくなった。四六時中膝に神経を注ぐ憂いさえ堪えれば、QOLの劣化さえ受け容れれば、世はすべてこともなしとなる、のだが・・・。

「身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり」との教えに逆らいかねて久しく諦めていた膝の手術、それを、人工関節手術の権威と謳われる名医の診察を受け、ついに五月半ばに行うことに決めたのだ。
(詳しい経緯は、2月上号掲載の「QOLを目指す膝栗毛」に記したのでご参照願いたい。)

それが1月上旬のこと。心理とは怖ろしいもので、手術と決まって以来身体髪膚感覚は霧消、膝への気配りがめっきり疎かになった。その代償にチクリチクリが俄に増え、何のことはない、日々の歩きがきつくなっているのだ。例の虫歯の経験を逆に辿っているようだ。手術が念頭になかったからこそ念入りに労っていた膝を、手術が決まった途端疎かに扱うという奇体な行状。いかにも愚かな仕業だと思うが、如何ともし難い。

現金なもので、あれから歩きの夢がめっきり増えている。何日か前には、ジャージーでジョッギングする夢を見た。流石にそれは暫くできまいが、膝が治ったら2年間はエレベータを絶つと広言をして悦に入っている。手術は2ヶ月後、指折り数えて待ち焦がれる思いだ。

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