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バルタンの呟き №53 [雑木林の四季]

「サクラ散る」

                映画監督  飯島敏弘

僕は、どちらかというと、サクラは、咲きはじめや、満開の時よりも、散り始める頃の方が好みです。散る、という言葉には、椿の花のように、首からぽとりと落ちるイメージがあって、ちょうど今、各大学の合格発表の終わる時季ですから、不合格とか、希望が失われたことを意味する嫌いがありますが、サクラの場合には、散る、というと、僕には逆に、華やかなイメージが浮かんでくるのです。
たとえ、それが、戦時中に、盛んに唄われた、「〓貴様と俺とは 同期の桜 同じ兵学校の 庭に咲く 咲いた花なら 散るのは覚悟 見事散りましょ 国のため」のように、命を捨てる表現として使われた場合でさえ、逆説的であれ、死さえも華やいだイメージに繋がってしまうのです。
「ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずごころなく はなのちるらん」も、歌の意味することとは別に、花びらの降りかかるさくらの樹下で、のんびりと、ひとり、春の陽を浴びながら盃を傾けている情景が浮かんで来たりとか・・・たとえ雨が降っていても、樹影を映す水たまりに沢山の花びらが浮かんでいる情景はまた、いいものですし・・・さっと、わが身を掠めるように走り去ってゆく車の後を追いかけるように、渦になって宙を舞う花びらもまた、華麗な乱舞と映るのです。 

ちょうど、この3月の下旬という、大学の入試発表、定例人事発表の悲喜こもごもの時節に、「サクラ散る」と呟くのは、関係される方々にとっては、少々、気障りかもしれないフレーズですが、敢えて申し上げると、僕の人生を振り返ってみて、大学受験にあたっての一度の「サクラチル」経験は、自覚せずにいた慢心を戒めてくれた貴重な経験でした。もっとも、心理的経済的負担を掛けた両親は、彼岸にあって、何を、身勝手な、と、不孝を嘆くかもしれませんが・・・
戦時下に生まれて、爆撃に曝されて、恐怖におののき、敗戦後のひもじさを耐えた後に訪れた、思いがけず訪れた高度成長という僥倖に支えられて、ややもすれば浮かれかかった人世に、さっと冷水が掛けられたと言いますか、惰性な走りに馴れた馬に、有効な鞭が一振り当てられたような、「サクラチル」だったと思うのです。
そして幾星霜。女は、咲き初めが、男は、散りぎわが肝心、とも謂われます。いくら未曾有の長寿社会といっても、齢86を超した僕にとっては、まさにその時が近づいたと申し上げなければなりません。ジェンダーによる差別が云々される現代には相応しくない譬かもしれませんが、やはり高齢に達した男にとって、理想的な散りぎわというのは、重大問題の一つです。一体、私は、どんな散りぎわになるのだろうか・・久方ぶりに出会った旧友と交わすことばにも、たのしく懐旧にふければいいものを、互いの終末に関するものが、どうしても主題になってしまうのです。
尾花には、枯れ尾花という言葉があるのですが、枯れ桜という言葉は、聞いたことがありません。
「俺は河原の枯れススキ おなじお前も枯れすすき どうせ二人はこの世では 花の咲かない 枯れススキ・・・おれもおまえも利根川の 舟の船頭で 終わるのさ」
利根川の船頭さんには申し訳ありませんが、このペーソスは、サクラには、とても似合いません。
さりとて「花と散りましょ 国のため」と、肩組んで唄っていた時は、自分が死ぬなんて考えていなかっし、陸軍よりも海軍のほうが、スマートで良いな、ぐらいにしか、時局を認識していませんでしたし、いまの日本が、その為に死ぬ気になる国家だとは、到底思えませんので、結局、
「多分、煩悩のまま、あれこれもがくうちに、散り損なって、未練がましくいつまでも枝に残り朽ちて、やがて新芽に押されて、ぽとり、と落ちる・・・のかなあ」 
などと、思いつつ、そこはやはり、男でござる、と弱気の虫を追い払って、
「虎は死して 皮を残す。僕は・・・」
何を残そうか、と、いまだ強欲に模索する日々なのです。この煩悩のしつこさこそが、いま僕の生き甲斐を支えているのです・・・
「もちのいい河津桜も、八重桜もいいけれど、やっぱり、俺は、パッと咲いてパッと散るソメイヨシノが一番!」と言っていた江戸好みのポン友も、今は、野末ではないものの、染井霊園の石の下で、ひっそりと桜吹雪を浴びています・・・

思い出してみると、僕たち1932年生まれの昭和の子が、入学式で頂いた文部省制定の教科書には、「サイタ サイタ サクラガ サイタ」のあとに「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」とありました。
兵隊さんはきれいだな、兵隊さんは大好きだ」
「友は、野末の石の下」

今、戰爭をするかも知れない?ことになった自衛隊の入隊志望者が激減して、お国のために、戸籍調べが始まろうとしているらしいのですが、いいんでしょうかねえ・・・
まさか、今度は、郵便屋さんが届けてくる赤紙でなく、AIが送ってくるmailかなんかで・・・
もっとも、さすがに僕には来ないでしょうけど、あなたには、もしかすると・・・
「兄ちゃん、兄ちゃん!無理して学校なんか行かなくたって、いきなり幹部候補生になれるんだぜ!」
駅前で呼び止められて、飛び立っていった特別攻撃隊・・・靖国で会おうにも、帰りの燃料は、始めから無いのです・・・
「いいんですかねえ・・・」
これが、僕の、いま咲き匂う、満開のサクラの樹の下で見た白日夢の冷めぎわの呟きです。

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笠井康宏

飯島さん、こんばんは。なんだか寂しい感じになってしまいますね。百歳が当たり前の時代、弱音はいけません。私の好きな言葉「弱気は最大の敵」元広島の故津田恒美さんがボールに書き込んだ言葉です。頑張ってください!

by 笠井康宏 (2019-03-21 23:42) 

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