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ロシア~アネクドートで笑う歴史 №98 [文芸美術の森]

エピローグ 3

        早稲田大学名誉教授  川崎  浹

気ままな展開

 アネクドートが百パーセント世相や世論を反映しているという確信を私が抱いたのは、すでに第三章でのべたが、チュルネンコ書記長の葬儀になんらの哀悼も示さないソ連人の実像を目の当たりにして、私がひどく驚き、他方でその後接した「葬儀の直後クレムリンに電話をかける男」のアネクドートが、二枚の隙間のない板のようにぴたりと重なって以来である。「アネクドートを鏡にソ連の世相をきる」というありきたりのキャッチフレーズが出てきたとしても、決して誇張ではない。
 ゴルバチョフが情報公開を進めながらも、体制の体質はそれほど早くは改善されなかったので、アネクドートは情報を抑制する体質の残滓(ざんし)のなかでけっこう栄えた。情報公開に安心したせいか、皮肉なことにかつての独裁者たちもアネクドートのなかで気楽に復活しはじめた。
 このころにはアネクドートはすでにアルメニア放送の二行詩のように短い作品ばかりでなく、伝達や印刷の自由化にともないその長短は発信者の意図や趣味しだいとなった。とくにポスト・ぺレストロイカの時期に発生した新ロシア入アネクドートは、沈黙に裏打ちされた重い制約から解かれて、自由気ままに展開されている。もちろんアネクドートの伝統に拠りながらも、それまでにないどこか自堕落でカーニバル的な、めっぽう陽気でシニカルな作品が派手な裾を引きずるように輩出してきた。

大地から吹きでるユーモア

 それでもなおアネクドート・ジャンルの宿命として、長い物語にはなれないので、自ずと限界生じる。となるとアネクドートは正統的・支配的な文化ではなく、その社会内で培養される特定グループが持つ独特の二次的な下位文化、つまりサブカルチャーなのだろうか。そうでもあり、そうでないともいえるだろう。
 サブカルチャーといいきるには、アネクドートは四行詩からなるチャストゥーシカ(俗揺)同様、あまりに深い民族的な土壌に根ざしている。ここでチャストゥーシカを持ちだしたのほ、アネクドートを話すかわりに、女性は女性同士で食卓を囲んで、同じユーモアでもリズミカルな歌であるチャストゥーシカを楽しむことが多いからである。
 チャストゥーシカにたいして、アネクドートは男性に属するという学者の説がある。その証拠に生活アネクドートで圧倒的に笑われているのは姑(しゅうとめ)であって舅(しゅうと)ではない。私自身はアネクドート好きの女性に会った記憶があまりない。
 なぜだろうか。アネクドートのとどめであるプアントがバレーシューズの爪先ていどの優美な磯知であれば、女性も同調できるが、プアントがフェンシソグの剣の切っ先ほど鋭くなると、このような攻撃的な精神は女性には合わないからではないか、と私は考える。いわんや政治アネクドートの危険性を考慮すればなおのことである。
 アネクドーはサブカルチャーとしてあっさり切り捨てるためには、前述の作家マクシーモフの言葉で語られた、沈黙を最高の表現とするような背景がアネクドートにあって、作品が沈黙のもつ重みに支えられたという事実を、顛祝しなければならない。
 ロシアの自然、あるいはシベリアの大森林(タイガ)が内にはらむ沈黙と闇がロシア文化の根底に横たわっている。彼らがいかに復活祭(マスレンニチャ)のカーニバル的で饒舌(じょうぜつ)な表現をとろうと、それは冬の暗い時間を黙々と歩きながら、あるいは黙して坐り、耐えた沈黙のパラドクスにすぎない。
 ロシア文学は「暗い」とよくいわれる。私もすでに一〇月から降りしきる灰色の雪に埋もれていくモスクワの道路や辻公園を見ながら、先の見えないトンネルで立ち往生したような暗澹(あんたん)たる気分になったことがある。ロシアの冬は長すぎると日本の一年を知ったロシア人もいう。
 しかしまたロシア文学は「深い」ともよくいわれる。深い所には光が届かないので暗い。「暗い」と「深い」はロシアの民族と文学にとっては同義語だろう。長く暗い冬をすごして、タイガの奥地の凍土のなかからのぞく「アイヌねぎ」の茎を見つけたときの繊細な感動を、農村派作家のアスターフイエフが『魚の王様』(群像社)で伝えている。
 深く暗い沈黙の大地から一瞬のユーモアが吹きでる。これがアネクドートの機知と笑いの根である。ドストエフスキイの言葉を借りて「ユーモアとは奥深い感情の機知である」といいかえることもできる。ロシア人にとって「奥深い感情」とは調和と混沌が混在する。


『ロシアのユーモア』 講談社選書

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