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日めくり汀女俳句 №28 [ことだま五七五]

三月十六日~三月十八日

         俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月十六日
春月の坂ゆるやかにしたがへる
            『春暁』 春の月=春
 体調を崩した母が入院することになった。この三月で八十九歳を迎えた母にとって入院はお産以来の初体験に近い出来ごとである。
 父が死んで三十数年弟と二人暮らしをしてきた母だが病院暮らしは、する方もされる方も気がかりだ。「母には入院は僕のお産以来なので」。弟が付き添いの若い看護婦さんに言った。
 「お産って何年前ですか?」
 「僕の時だから五十一年前かな」
 二十前後の看護婦は目をぱちぱちしている。五十年の歳月の重さが急にずーんと私の胸にのしかかってきた。

三月十七日
薄紅梅の色をたたみて桜餅
          『汀女句集』 桜餅=春
 彼岸が近づくといつおはぎを作ろうかなと思う。私のおはぎはちょっとしたものだと自画自讃。汀女は「あなたのは本当に美味しいわ。お菓子の舌の肥えてる私が言うんだから間違いないわよ」。お世辞でない褒め言葉だった。
 四十年以上前、隣家のおばさん永井さんから教わった。ご主人が戦前の日本郵船勤務でヨーロッパにもついて行った小柄なおばさん。彼女からクラシックな味のする洋食も、昔風の煮ものも暗い冷たい台所で習った。ページが開かないくらいぼろぼろになったノート、今も時々開いている。

三月十八日
花の雲かりそめならぬえにしのみ
         「汀女芝居句集」 花の雲=春
 お彼岸は忙しい。明大前にある中村家の墓、小田急線生田にある父の墓それぞれに墓参りをする。
 花屋で仏花として売っている花束は好きではない。私は故人に相応しい花を選ぶ時間もおよそ墓参りの一つだと思っている。ゴムや紐(ひも)でひとくくりにし、そのまま投げ込むように置かれていると自分まで情無くなる。
 仏教徒ではない私はそこに骨が入っているからというそれだけで、亡き人とのつかの間の対話を楽しむ。色とりどりの花が風にゆらいでいる中、ふっと自分を取り戻す時間でもある。


『日めくり汀女俳句』邑書林

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