So-net無料ブログ作成

渾斎随筆 №26 [文芸美術の森]

帝展の日本画を観て 4

                  歌人  会津八一

 帝展といふやうな絶好な機関を利用して、日本畫の持ち得る最も濃厚強烈な色調の最高限度を、しらずしらず競争的に研究して行けることは、むしろ願っても無いことゝ私も思ふ。しかしあの部屋々々の壁から壁につゞく、色彩交響楽の雑然たる刺戟には実以て疲らされる。塗り立てゝさへおけばそれで絵になるといふやうに考へて居る畫家ばかりでもあるまいが、何分にもあの大きさの畫画では、よほど調子を強くせねば納まりがつかぬらしい。それは丁度廣い野原の果と果とでメガホンで話して居る人のやうに、傍で聞いても気恥かしい位に馬鹿調子である。何とかしても少し落ちついた本味のあるところを見せて貰へぬものかしら。なるほど場内には水墨もの淡彩ものも無かつたとは云はぬ。しかしほんの一二枚のほかは墨そのものゝ持ち味も充分出て居ない。近頃は裸體を描きたがるのは西洋畫家ばかりでは無くなったが、其いひ草によれば、あまりに裸體の美しさに着物は着せぬのだといふ。若し墨色の持ち味がわかつたら大でこでこの彩色は無情に着せられたものであるまい。その場の持ち味さへわからぬ人達が畫をかくのがそもそもの間違ひではないのか。
 なるほど特選『たにまの春』、特選『おぼろ』、特選『緑庭』これらは彩色のなくてならぬ絵だ。しかし無鑑査『威振八荒』は彩色によって何を得て居るか。特選『多武峰の春雪』その原圖の彩色の目まぐるしさよりも単色(モノクローム)の写真版の方を心やすくおもふのは私だけであるか。委員山内多門氏の『深山路の夏』などになると、あの彩色のために余計に興味の中心が失はれて居るではないか。
 一體この帝展といふ所は墨の持ち味などを語るべき場所柄では無いのかもしらぬが、いやしくも墨をたのみとする位の人々は、題讃、題識、落款、印章、今少しく文字の趣味があってほしい。特選の『雪路』には何か詩のやぅなものが二三十字書いてあるらしいが、如何に近づいて見ても私などには読めないやうな所に書いてあった。会員小室翠雲氏の『周濂渓』の題讃はあれで書面から超越しては居らぬか。委員水田竹圃氏の『振衣濯足』の左の一幅の落款はあんなところでいゝものか。委員湯田玉水氏の『盤谷悠々』には漫然と韓退之の文章を一つ書きつけてあるが、良寛風といへはいへぬこともない弱々しい文字の調子で、畫画の平衡を破らなかったといふ以上に書畫の積極的契合から来るべき妙味がどこにあるか。要するに見ぬやうな所に書いたり、あつても無くともいゝやうに書いたりする位ならば最初から書かぬがいゝではないか。あつても無くもがなの彩色をすると同様に無意義のものではないか。
 委員池上秀畝氏の『渭塘奇遇』にも澤山の文字があるが、そもそもが支那小説の挿絵といふ所をあまり出てゐない畫で、其畫と同様に文字にもいやしくも芸術的気分といふやうなものが動いて居ない。一體此畫をこれ程に工芸的にするには、此文字も與って大に力ありといへる位の文字である。

 観来って私は帝展の日本畫部に望む。帝展の唯一の目的が若し大衆の芸述的教化にあるにしても、或は文芸家自身の向上進歩にありとしても、もつと謙遜な、もつと正直な、もつと眞率な、もつと熱意のあるものを並べて見せて貰ひたい。今日の吾々の生活から云つても、又吾々の畫家の技量からいっても、吾々の持つべき美術は、放漫な大作よりも小品にあるとおもふ。小品といへばすぐ責塞ぎの投げやりものゝやうにおもはるゝのであるが、私のいふのは、感ずべきを感じ捕ふべきを揃へて、隅々までも、余白にまでも、気と力との満ち\たものをいふ。しかしことによると帝展あたりの畫豪の多くは、口には小品を軽んじながら其実は、引き締った簡潔な、芸術味の強い小品などは出来なくなって居るのではないかを私は危ぶむものである。

 今の世の中で、中学生などの一番欲しがるものは試験の鮎数と運動会のメダルだ。そのメダルがよしんば銅でも鉛でも、其図案の価値あものに彼らの心を牽くといふのならば、何も文句は無いのであるが、彼等の腰に下がるメダルはきまつて金銀七宝の張り分けで、其図案はといへは、いつも希臘の女神だ、月桂冠だ、獅子だ、遠い昔の武器だ、そんな風の所謂よしありげなものが附いて居るといふまでゞ、それが見られるほどにこなされて居たためしが無い。美術的よりも金銀七宝でありたい、そして出来るだけ大きくありたい、これが常に彼等の熱心なる願ひである。この愚かしき願こそはまた世間大衆の願ひであり、同時にまたこれ帝展畫家の顧ひでは無いか。もし此暗合が帝展の影響から起るものとすれば、私は其徹底した感化の威力に封して取り敢へず敬意を表するのであるが、もし事実が其反封に、大衆が此所まで美術家達を引っ張って来たものとすれば、私は全くいふ所を知らない。とにかく帝展から掃って来てつくづくと思ふことは、学生の時計の鎖から、あの厭ふべき七宝のメダルの影を潜める日は、帝展の畫家の多くが落ち着いたモノクロームの小品に、真剣に自己の芸術を研くの日であらねばならぬ。
 そして文部省が帝展によって行はんとする大衆の芸術的教化といふことも、それから始めて多少の意義を生じて来るべきであり、我が国の芸術及び芸術家の向上は、すべて其時を待たねばならぬといふことである。       (十月十五日)

『会津八一全集』 中央公論社

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。