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じゃがいもころんだⅡ №1 [文芸美術の森]

じやがいもころんだ

              エッセイスト  中村一枝

 「じやがいもころんだ」という題は、はじめてこのインターネットマガジン『知の木々舎』に原稿を書かせていただいた時に偶然つけた題名だった。二、三年たって題名を変えてみようかということで、「にんじんの午睡(ひるね)」と名付け、野菜シリーズにでもしようと思っていたのだが、月日がたつにつれて「じやがいもころんだ」への思いがふくらんでくる。こんなにうってつけの題をを変えることはないだろうという思いは、もう二度とこんな題は思いつかないという確信に変わってきた。そういえば、友達の、パリに住む嘉野ミサワから、「いい題をつけたね。私はそんな題、思いつかないもの」とほめられたこともあった。
 元々私は、じゃがいもが大好きなのだ。始まりはコロッケである。戦前のご飯のおかずといえば、のり巻き、卵焼き、お芋の煮ころがしといったものが多かっだ。コロッケは今ほど庶民的でもなく、まあご馳走だった。母の料理で記憶に残っているのはチキンライス、戦前にしてはハイカラな料理だった。コロッケを家で作ってもらったかどうか記憶はない。結婚して一番たくさん作ったのは多分コロッケ、じゃがいもとの付き合いはそこから始まる。
 こどもが出来てからは子供が喜ぶ食材の一位ではないかと思う。料理の種類の多さとあらゆる料理への順応性を考えるとき、ポテトのもつはば広いその包容力にただ敬意を表するしかない。人参よりもはるかに見栄えもさえない。色だってとても綺麗でなく形に至ってはさまざま。それがひとたび火を通すとじゃがいもの特性がさまざまに変化する。味一つを取っても何にでも順応できる。こんなにも多種多様に使いこなせる食材はない。自己主張は一切しないのに、他の食材の旨味も上手に引っ張り出す。他人(ひと)の味は邪魔しないが、だれとでも共存できる。醤油、甘辛、塩バター味、単純塩味、砂糖・・・。もともとが味の特徴がうすい? いやそんな事はない。何にでもスルリとほどけて、持ち前の人当たりの良さを発揮する。こんなに何にでもするりと溶け込める、こんな女性がいたら?と、ふと思った。野菜中の野菜といっても言い過ぎではない。
  もう一つ言えばじゃがいもは、典型的に大衆的な野菜の一つでもある。北海道生まれの私の友達は戦争中嫌という程じゃがいもを食べさせられた。今もじゃがいもというだけで身震いするという。じゃがいもへの思いもまたそれぞれなのだ
 果たして二度目の「じやがいもころんだ」がゴロゴロうまく転がってくれるかどうか、私にもわからない。新しい年、平成の終わりにうまく乗れるかどうか、煮てよし、潰してよし、ごった煮もよし、「じやがいもろんだ」で2019年も元気な年にしたいものです。

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