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日めくり汀女俳句 №26 [ことだま五七五]

三月十三日~三月十五日

          俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月十三日
行き合うてへだたる堤うららかな
             『春節』うららか=春
 母ていは汀女にひと通りの花嫁修業をと、生け花、裁縫などを習わせた。汀女の方は、万事おっとり構え、初めて作った五・七・五の俳句というものの面白さに少しずつひかれていく。以前から図書館に通い様々な本と出あい、文学的なものへの憧れもまた芽生えていた。丁度その時、目の前に俳句があったということだろう。
 見るもの一つ一つが言葉となって流れ出す魅力、言葉を操る楽しみ、それに摘らわれ始めると、次から次へと魔法の手箱を開けるような思いがけない喜びが、汀女の心を満たしていく。

三月十四日
赤雨の止む明るさに蜘妹の糸
             ¶汀女旬リ集』 春雨=春
 桐(きり)の箪笥(たんす)を持ったことがなかった。結婚する時、女の子は桐の箪笥に和装一式は定番だというのを読んで初めて、へえと思った。私が持って行ったのは背の低い整理ダンスで鏡がついていた。その頃、結婚するからと新しく洋服を作ったり、着物を跳えたりすることにむやみと反抗的だった。
 友人が家を新築した時、お姑さんの古い桐箪笥を処分すると言う。七十年前の年代物、色の褪(あ)せ方、取っ手の細工にも風格がある。寝室に据えるとぐーんと貫禄がほの見える。
 箪笥も運命の変転に驚いているだろう。

三月十五日
泣いてゆく向うに母や春の風
             『春雪』 春の風=春
 春めいてくると和菓子の美しきにひかれ太るのを承知で買ってしまう。NHKの朝ドラで和菓子の話をやっていて、ドラマはともかく和菓子は一種の芸術だと思う。
 汀女に「ふるさとの菓子」という随筆がある。中の俳句も単なる菓子のコマーシャルではない。風味と季節感という点で俳句と菓子は共通している。
 汀女が女学校の修学旅行で長崎へ行った時、家が恋しくなって泣いていると級友がカステラを分けてくれ、食べているうちに悲しみが治まっていったという。可愛らしい女学生だった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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