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論語 №66 [心の小径]

ニ〇六 子罕(まれ)に利を言う。命(めい)と与(とも)にし、仁(じん)と与にす。

                 法学者  穂積重遠

 孔子様は稀(まれ)に利のことを言われた。そしてそれを言う場合にも、利だけを言うと誤解が起ることをおそれて、常に天命のことまたは仁のことと組み合わせて言われた。

 「子罕に利と金と仁とを言う」と普通によむが、命はともかく、仁に至っては「まれに言う」どころではないから、前記のよみ方を採った。これは荻生徂来の説だという。
                           
ニ〇七 建巷党(たつこうとう)の人いわく、大(おおい)なるかな孔子。博(ひろ)く学びて名を成す所なしと。子これをを聞きて門弟子に謂いてのたまわく、われ何をか執(と))らん。御(ぎょ)を執らんか、射(しゃ)を執らんか。われは御を執らん。

 「達巷」は「党」の所在地名。「覚」は前にも出たが、五百家の隣保集団。

 達巷のある人が「偉大なるかな孔子様は。博学で何でもおできになるため、何か一つで有名ということがない。」と言った。孔子様がこれを開いて内弟子たちにおっしゃるよう、「それでは何か一つやってみようかな。卸にしようか。射にしようか。わしは御にしよう。」

 古註に「達巷党の人、孔子の大なるを見、その学ぶ所のもの広きを意(おも)い而してその壷一善を以て名を世に得ざるを惜む。」とあるが、「惜む」というよりは、むしろほめたのだろう。ところが孔子様はわざとそれを、いろいろかじるが一つも物になっていない、という悪口の意味にとり、それでは礼・楽・射・御・書・数の六芸のうちを何か一つ専門にやって、「名取り」にでもなってみようか、礼楽はむずかしいし、書数はめんどうくさい、まず射か御といぅところだろうが、一番下等な御ぐらいがわしに相応(そうおう)なところだろう、と言われたのであって、謙遜の言葉だが、同時に内弟子たち相手のじょ、つだんと見るべきだろう。

ニ〇八 子のたまわく、麻冕(まへん)は礼なり。今や純(いと)にするは倹なり。われは衆に従わん。下(しも)に拝するは礼なり。今上(かみ)に拝するは泰(たい)なり。衆に違(たが)うと雖もわれ下に従わん。

 孔子様がおっしゃるよう、「麻の冠が古礼だがそれは製作に手数がかかるので、今では絹糸(けんし)にすることになった。古礼には違うが簡素でよいから、わしは皆のするように絹糸の冠を用いよう。臣下が君主に対してはまず堂下で拝するのが古礼なのを、今ではイキナリ堂上で拝することになったが、それは僭上沙汰(せんじょうざた)だ。皆のやり方とは違うがわしは堂下で拝しよう。」

 孔子様は必ずしも古礼だから何でもよいといわれるのではなく、事のよろしきに従われるのである。

ニ〇九 子、四つを絶つ。意なく、必なく、固(こ)なく、我(が)なし。

 「意」は自分の料簡(りょうけん)で物事をおしはかること。「必」はぜひこうあらせねばならぬときめてかかること。「固」は一事にこだわって融通のきかぬこと。「我」はただ我れあるを知って他人を考えぬこと。

 孔子様は、意と必と園と我との四つを絶ち物にされた。

 すなわち、独善なく、先入主なく、固執なく、我意(がい)なく、真に円満な人格者たらんことをつとめられたのである。


『新訳論語』 講談社学術文庫

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