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渾斎随筆 №24 [文芸美術の森]

帝展の日本畫を観て

                                               歌人  會津八一        

 帝展といふものを私は見る年もあるが見ぬ年もある。見ればきつとあの夥しい絵と、夥しい見物人にあてられて、ぼんやりして帰る。それがどれほどの美術であらうとも、とにかく何か畫いてあるものをあれだけ並べて、吾々の天窓をぼんやりさせる程の人を集めるといふだけでも、中學校中學校に国畫の時間を置いて国民の教育に美術を忘れない文部省の仕事としては、御尤でもあり、感心でもある。一體この大衆を馬鹿にしてはいけないと近頃は断えず聞かされるのであるが果してその大衆のためとならば、帝展たるものいっそ今少し大衆のものらしくしてはどんなものか。帝展は賣物の陳列所ではないかしらぬが事実上殆どみな値段がついて居て、一寸見渡したところすぐ千圓二千圓だ。大衆の中で金のある奴は買へ、金の無いのは見て通れ、これは少し大衆的でない。それもいゝとして、たいていの大衆ではあんな大きなものを懸けるだけの床の間を持って居ない。そんなことは大きい家に住んで金のあり徐る者に任せて仕舞って、大衆の方ではいっそ気欒に花見気分、縁日気分で、絵から絵へ、ひた押しに押し合ひながら下足場に急ぐ。大きい絵、題目のむづかしい絵、値段の高い絵、彩色の強い絵、裸體の女の絵、新聞や何かで評判の絵、そんなものを御土産の印象として。それは見る方、畫く方では、何でも大きくかけ、美人をかけ、濃彩でかけ、高い値段を尤もと思はせるだけに筆数はかけておけ、何でも評判になれ、畫家はこれで行く、このどさくさまざれに、大衆の趣味教育、畫家の向上、国家芸術の進歩、いろいろな事が行はれて居るものとすると、進歩も向上も教化も少し心細い。實際大衆を導いてゐるのか。ことによると導かれて居るのは大衆よりも美術家ではないのか。
 見に行つても行かなくとも、帝展といへば私のすぐ思ふのはこれだ。

 私は今年は帝展を見た。
 第一に私の目に感じたのは歴史に有名な建築をかいたものが多いことだ。法隆寺、四天王寺、東大寺、興福寺、平等院、浄瑠璃寺、談山神証、蓮華王院、三千院、二尊院、伊勢神宮、金剛峰寺、北野天満宮、まだある。それに宇治橋に両国橋。それにどこかの城が二つ三つ。名のある薬屋、田舎茶屋、それも必ずしも悪いとはいはぬが、其中には建物なり伽藍なりを建築家のする正面圖のやうに、たゞたんねんに眞正面から眞っ平に畫きたてて居るのが少くない。これには驚かされる。委員の蔦谷龍岬といふ人はあの有名な東大寺三月堂の本尊不空羂索観音を畫面の眞ン中に据ゑて左右に梵天帝釋、金剛力士四天王とならべて、あの御堂の内部を畫いた。そしてそれが『妙音慈雨』ださうである。同じ東大寺悌殿の大燈籠を畫面の中心にして四五人の人を立たせて『燃燈供養』をかいた人がある。浄瑠璃寺の本堂を眞正面から横長にかいて左右の軒先の室まで均一にした人もある。特選で評判の『鳳池春宵』の鳳凰堂にしろ、此の浄瑠璃寺にしろ、前景にいくらかの意匠を加へてそれで一幅の絵として纏めてはあるが畫画の本體はあくまでも此等の建築のエレヴューションである。絵は美術だから何でも美しいものをかく、美術史上何人もあの美しさに異存のないものを持って来て製圖まがひに畫き上げやうといふのであらうが、田子の浦から
富士山を描けばいつも美しい絵になるといふ考へ方よりも、こちらがずつとまちがって居る。富士はまだ自然物だ。もはや一度、動かしがたい芸術品になって居て、その色、その光、其大き、其形、其材料にして初めて美しいものを、絵で描けば必ず美しくなるといふ其気持が私にはわからない。吾々は東大寺なり平等院なりの美術を愛すればこそ、ますますこんな態度の絵の出現を怪しむ。識者は興せず昧者は解らず、誰に見せる芸術です。ことに蔦谷氏の三月堂の桂には飛鳥時代の金銅幡が懸って居た。東大寺にそんなものがあるわけのものではないがそれは別として、そんなものまで擔いて来る作者の苦心がいかにも気の毒でならない。絵の中に御物や国寶をいくつ並べてみてもそれだけで美しくなるものではありませんよ。それよりか茄子や大根でも並べてそれを御物か国寶にするつもりで御描きなさい。もっともらしい畫題や畫面の道具立で良い絵が出来るなどといふことは、私は今が今まで中學点rんかい生かなどの考へることゝばかり思って居たのでした。

『會津八一全集』 中央公論社






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