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日めくり汀女俳句 №25 [ことだま五七五]

三月十日~三月十二日 

                     俳句  中村汀女・文  中村一枝

三月十日
春の猫 もどり来しかば 迎へけり
            
『汀女句集』 春の猫=春
 汀女の猫好きは有名である。私が台所を初めてのぞいた時、猫好きのお手伝いさんのせいもあり、そこいら中、猫がごろごろしていた。いわゆる血統正しいのは少なく駄猫ばかり、名前もミケ、チビ、コマとありふれていた。汀女の家はノラ猫も公認である。
 顔にみみずばれのみるからに悪相の大きい猫は、他の猫をおどすので敬遠されていると言う。「この猫、山口さんって名前にしたの。ほら、よく新聞に出ている山口組のあれよ」。
 汀女の傍らで山口さんは無防備に手足を投げ出し眠りこけていた。

三月十一日
卒業や 丘は斜(ななめ)に 櫟(くぬぎ)立ち
             
『汀女句集』 卒業=春
 大正七年、汀女は女学校を卒業した。卒業式には両親が揃って出席した。娘が総代になって大勢の前で答辞を読む晴れがましさを期待していたらしいが、当てがはずれた。母ていは家に帰ってから「あなたが答辞読むと思うとったばってんどうして読まんだったつだろうかな」
 その夜母は少しこのことをこぼしたと汀女は書いている。
 汀女はそのまま、一年制の補習科に進学した。十八歳の彼女が初めて作った句。
    吾に返り見直す隅に寒菊赤し
 処女作である。

三月十二日
春時雨(しぐれ) ことさらに猫 愛(め)でること
            
 『軒紅梅』 春時雨=春
 
汀女と言えば猫とすぐ思い浮ぶのは晩年猫がまわりにいつもいたせいである。
 「昔は家にも犬がいたのよ。仙台にも連れていって、東京にも一緒にきたの。シュバードでねヂンと言ったのよ」
 ヂンのことは汀女の随筆にも出てくる。仙台に行く列車で駅に止まるごとに子供たちが別の車輌に乗せられている鑑の中の犬を見にホームを走って行ったと言う。
 私の家で犬を飼うようになると、「お宅の犬はどうなさっとる?」とかならず聞いた。
 会話のつぎ穂がなくなったとき、猫の話、犬の話になると汀女の頬がゆるむのだった。

『日めくり汀女俳句』 邑書林

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