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ZAEMON時空の旅人 №11 [雑木林の四季]

第六章 西暦2030年の地球へ・24歳の僕、誕生。

                                       文筆家  千束北男

 死ではなく、何の意識も感覚もはたらかない幻朦(おぼろ)のなかで、ふと、なにか、明りを感じました。
そして、しだいに力を増してくるその明りに、不確かながら自己を感じます。自己は明りを見つめるうちに、次第にはっきりと、めざめてきます。
めざめた自己が肉体を意識します。手を、脚を、やがて呼吸を感じます。
(宇宙船ピルグリム三世の睡眠カプセルの中にいる)
という判断ができるまでに、ボクの脳内で浮遊する、さまざまな記憶の粒子が結合して、いま自分が置かれている環境を理解する作業が繰り返される、ながいながい時間が必要でした。そして、はっきりと目を開いたのです・・・
ボクの眼が捉(とら)えた最初のものは、顔です。目の前の小窓のガラスに映っている人間の顔です。
顔にある眼は、真正面からボクを見つめています。
(誰?)
そして、
「ああっ!」
それがまさしくボクであることを認識するまで、数瞬かかりました。
「西暦2016年のボクではなく、西暦2030年の僕なのだ!」
僕の顔を見つめるボクの頭の中は、もしもパパだったら、まちがいなく「疑念のカオス」とでも名づけたに違いない混乱の坩堝です。
そして漸く、ピルグリム三世が西暦2030年の地球を目指して旅立ったことを、はっきりと思い出したのです。
とすれば、ここにいるのは、ほかならぬ二十四歳の水嶋速人、すなわち僕、でなければなりません。
そして僕は、なお混乱の残る頭脳のまま肉体を制御しながら、ともかくも起きあがります。シャワーを浴び、ルーム内に用意された衣装と装備をととのえると、しっかりと、僕という存在が形になったような気がしました。
傍らに置かれた、勾玉風の、鉱石を刻んだと思われるペンダントも、首から下げました。
そして、初めての意志的な行動を起こす感覚で、ひとまず艦橋へと、向かったのです。
二十六歳の水嶋速人。取り立てて筋骨が逞しいわけではありませんが、すくなくとも唐突にあたえられた現在という状況に怯えないだけの精神力(タフネス)は、そなわっている感じがしました。
山本久美子先生! お許しください。ここから後の僕は、二十六歳の僕としての能力と思考で行動することになるので、必ずしも小学五年生の日記としてふさわしくない場面や情景を書かなければなりません。でも、先生もご承知の通り、小学生と言っても高学年になると、おとなたちが想像するよりもはるかに大人の思考を備えているものなのです。
何べんも申し上げて、先生の揚げ足を取るようなことになりますが、日記とは、毎日の出来事を、ありのままに書いたものでなければなりません、ので…

「ほう! ミズシマ・ハヤト二十四歳、ま、なかなか頼もしそうな青年じゃないか・・・」
「ありがとうございます」
皮肉な表現で僕を出迎えた西暦2030年のZAEMONは、なんと車椅子に身を任せる姿ではありましたが、決して老いぼれた印象ではありません。年齢という数え方は、ZAEMONには、あてはまらないもののようです。剣士とでも表現するにふさわしい風貌になお、あのクリント・イーストウッドばりの鷹の目の鋭さを少しも失わずに備えています。
すると、
僕の中でめざめた意思が、まるで僕を操りでもしたように僕の唇を開かせて、
「カオリ・・・」
ということばを出させました。
口にした後から、
(夏樹香織・・・)
あの先輩転校生のことだというイメージが頭に浮かんでくるという、妙な感覚です。
「カオリは、ここにはいない。西暦2030年の現実(リアル)にいて、すさまじい戦いの中に身をおいている・・・」
「すさまじい戦い? どういうことですか、僕には、西暦2030年の地球の何がどうなっているのか、さっぱりわかりませんが・・・」
「現実の西暦2030年に出て行った、といいなおした方がいいのか・・」
ZAEMONの持って回ったような妙ないいかたに怪訝を抱いた僕に先回りして、ただちに徳治さんの注釈が加えられます。
「ご承知かと思いますが、西暦とは、イエス・キリスト誕生を基準とした、地球上においてのみ通用する年月の表示ですので、念のため・・・」
徳治さんの追補があって、あのときにくりかえされた時間進行についての複雑な説明が蘇りました。
ここから出て行った、という事は、つまり、このピルグリム三世には、なにか別の小型宇宙船でも搭載されているのだろうか、とその時は考えました。
そういえば、ピピン、パパンの姿も見当たりません。多分、カオルさんと一緒に、行ったのでしょう。
いまは、ピルグリム三世の操縦桿は、徳治さんが握っています。
「本艇はいま、西暦でいう2030年の時にある地球に到着するところだ」
「え?」
聞き返す間もおかずに、
「スローダウンを開始・・・」
と、徳治さん。
後になってわかったのですが、ZAEMONが、ピルグリム三世の近づきつつある地球の現在時刻を妙な表現で告げたのには、実は恐ろしい理由があったのです。
と、その時、
例の暖炉の上のモニター画面に、変化が起こりました。
マハトマ・ガンジーの言葉が掲げられていた画面に現れた天体は、ZAEMONの言葉どおりだとすると、宇宙船ピルグリム三世が接近を試みつつある西暦2030年の地球のはずです。
はじめは、テレビなどで僕たちになじみのある、人工衛星から見た地球のような、青みをおびた美しい天体とほとんどおなじような球形に見えていました。
ところが、急速に接近しながら東半球にまわりこむにつれて、青かった球体の表面が、黒味を帯びたにび色に変化して、さらに近づいてくると、大地をおおっている大気と思われるガス状の靄の中では、閃光が激しく交錯して、しかも大気全体が大きく渦まくような、僕たちの知る地球では考えられない荒々しい表情を見せはじめたのです。おそらく、地表の気象の荒れは想像を絶するほどに激しく、落雷のような空電現象が絶えず繰り返されているにちがいありません。
やがて、靄の中に姿を現した巨大な大陸が近づくにつれて、その果てに貼りつくように、たよりなく細ながい列島が姿を見せはじめました。日本のようです。
地を覆っている大気は重く澱んで、這うように流れています。
僕は、目を凝らして画面を見続けましたが、ピルグリム三世がその大気の中に突入したのでよう、しばらくは、何も見えません。
と、やや視界が開けて、その切れ目からみえる暗い地表に、見おぼえのある山容が現れたのです。
「あれは・・・富士山」
僕は、不明確に、つぶやきました。
「と、思うか・・・」
ZAEMONの相槌には、重いひびきがありました。
たしかに、富士山に似た山の頂きが見えます。が、
「あれは富士山であって、富士山ではない・・・」
たしかにZAEMONのいう通りです。いま画面にある富士山は、僕の知る富士山とは山容が著しく変わっているうえに、山頂の大きな爆裂口から激しく噴煙が上がり、しきりに熔石混じりのマグマが吐き出され、山稜に流れているのです。西暦2014年に世界遺産に選ばれた麗しい姿とはほど遠い、険しい山容を見せています。
つよい西風に追われるように、噴煙は東に流れ、山麓をかけくだって駿河湾を覆いつくし、さらに関方向に向かって広がっています。
その時、耳を疑うような、徳治さんの説明が聞こえました。
「西暦2017年2月に、富士山が大噴火しました」
「・・・・」
「宝永の大噴火を上まわったと言われたほど大規模な噴火でした。そして、まるで、それが引き金になったように、続いて同じ年の5月に、かねて心配されていた南海トラフを中心とする巨大地震にみまわれたのです」
「ええっ、そんな、ばかな!」
おもわず、乱暴な言葉が、口を突いて出ました。信じられなかったからです。
「巨大地震も富士山の噴火も、一つ穴のムジナ、とでもいうか、地球の大規模な地殻変動のつながりだったにすぎないのだ」
「それにともなった津波は、西暦2011年に東日本を襲った大津波をはるかに上まわる強大なものでした。本州の太平洋側の都市のほとんどが被害に遭い、廃炉に向かっていた福島第一原発の再溶融事故だけにとどまらずに、浜岡その他、複数の原発も想定外の被害を受けて、運転不能になりました。東京は、広範囲の地盤沈下が伴って、都心の海水が引かず、中枢官庁街が、居住不適格のいわば無人の市街になってしまったのです」
「ちょ、ちょっとまってください。 オリンピックはどうしたんです! 西暦2020年には、東京でオリンピック大会が行われるはずだったじゃありませんか・・・」
「・・・・・」
徳治さんからは、答えが返って来ません。
「・・・・・」
ZAEMONも沈黙です。
仕方なく僕は、ZAEMONが視線を送ったモニター画面に目を凝らしました。
すると、なにか、見おぼえのある形が目に入りました。ドーム型の屋根です。
「あ・・・」
西暦2012年に、太平洋戦争末期の米空軍B29による爆撃で焼失する以前の美しい姿に復元した、東京駅のあのドーム型の屋根です。
「あれは・・・」
東京駅、と声に出そうとして、危うく口をつぐみました。東京駅と呼べるものではなかったからです。東京駅だった痕跡とでもいうよりほかはありません。駅舎が、ほとんど水没しているのです。かろうじてドーム型屋根の一部が、水面から頭を見せているだけなのです。
「これは・・・海・・・」
そうです。海なのです。あたり一面が、静かに波立っている海面なのです。
山本久美子先生、こんなことが想像できますか? 丸の内一帯の高層ビルがすべて海に浸って、超高層の建物だけが、かろうじて海面からにょきにょきと頭を突き出しているという、恐ろしい景観が・・・
「あれは・・」
東京タワーです。裾の部分の三分の一ほどが瓦礫に埋もれてはいるけれども、東京タワーであることを必死に主張しているかのように、海面から、まっすぐに立っていました。
(スカイツリーは・・・)
と、反射的に目を転じると、これは、と、眼を覆う惨状です。海面下の瓦礫の中に横たわって、何か巨大な怪獣にでも押し潰されたように、ひしゃげた鉄くずになっているのです。
「ZAEMON! 東京オリンピックは・・・どうなったのです」
僕の詰問に、
ZAEMONが、ようやく重い口を開きます。
「西暦2020年のオリンピック競技大会は・・・」
と、いったん区切りをつけて、深いため息をついてから、
「西暦2013年にIOCと約束した通り、日本で行われた」
「東京がこんな状態で、いったいどうやってオリンピック競技を・・」
僕が、問いかける前に、追いかけるように徳治さんが続けます。
「地震による被害の少なかった韓国と、急速に経済大国となった中国とが、IOCに日本との共催を申し出たのですが、JOCはかたくなにその申し出を断りました。中韓両国に弱みを見せたくなかったからです。背後には、オリンピック需要をあきらめきれない経済界からの要望が大いにあったと聞いているのですが」
「オリンピック競技は、予定期日通り、日本の国内で、すべて整然と行われたのだ」
「ですが、そのオリンピック競技大会は、東京オリンピックと呼ぶことの出来ないものでした」
「どういう意味ですか・・・」
ZAEMONと徳治さんの口から交互に出てくることの一つ一つが、目前の荒廃した光景が意味するものの解読で混乱を極めていた僕の頭の中では、まったく具体的なイメージとしてまとまりません。
「重なってやってきた災害で甚大な被害を受けた東京を、オリンピックまでに復旧するのは、到底かなえられなかった」
「ですから、ほとんどすべての競技や行事を、東京以外の場所で行ったのです」
「まず、オリンピック大会の開会式は、沖縄で行われた」
「沖縄で?」
「たまたま、米軍からの全面返還が遅滞した普天間(ふてんま)基地に、妥協案として建設されていた軍民共用の総合競技施設が、オリンピックの主競技場として役に立ったのだ。時の政府は、基地の跡地に巨大なカジノと歓楽施設を建設するつもりだったが、地元自治体が強烈な反対をして競技施設を建てたのが幸いしたのだ」
「そして、地震の被害がすくなかった四国、中国地方の各地が分担して、エントリーされたすべての競技が行われました。筆舌に尽くしがたい努力をはらって各地が実施した見事なおもてなしは、世界中の驚嘆と賛辞を浴びることになったのですが・・・」
「一番の難関は、オリンピックの終幕を飾る競技、マラソンだった」
「・・・・・」
「ただでさえ、真夏の東京の暑さではむりではないかといわれていたのですが、やむをえず北海道で行ったのです。北海道でぎりぎりでした。なにしろ、当時は、日本をはじめ、ほとんど世界中の国々が競い合って経済成長を推進し続けていたのですから、地球の温暖化は、抑制されるどころか、一段と激しさを増してしまったのです。北海道でさえ、競技の行われた時には、温度はセ氏40℃を超えて、湿度が75パーセント以上あったのですから、それこそ未曽有の過酷なレースになりました。記録などはお話にもなりません。多くの有力選手のリタイアはおろか、むしろ死人が出なかったのが奇跡だったと言わなくてはなりません」

空中に突き立った筒状の鉄路に宙吊りになっているのは、どうやら驚異的な突貫工事でオリンピックにむりやり間に合わせた試運転区間のリニアモーターカーのようです。しかも、ひしゃげた車両には、激しい燃焼の跡がいたいたしく残っています。
まるで天から振り落とされた大槌に叩き潰されたのか、あるいは、ありえないほど巨大な足にでも踏みつけられたように、見るも無残な姿をさらしている巨大な廃墟は、オリンピックに向けて莫大な予算をつぎ込んで新規に建てられた新国立総合競技場でしょうか。大量な瓦礫と化してなかば海中に埋まっているのです。
「あ・・・」
そのとき、あまりの惨状に言葉を失ってしまっていた僕に、突然、地震と津波ではない、何か、強烈なものの存在が連想されたのです。
「なにか・・ある・・」
その連想は、たちまち確信に変わりました。
「戦争だ!」
そうだ、戦争があったに違いない! これは間違いなく戦争のもたらした破壊だ!
「ZAEMON!」
と、僕はしっかりとZAEMONの眼を見つめて、切り出しました。
「戦争があったのではありませんか? この東京で・・」
訊ねながらよくみると、軍用機であったと思われる焼け焦げの機体の残骸が目に留まりました。垂直上昇、水平飛行のための特徴のある構造が、どことなく僕の知っている軍用の大型ヘリコプターに似ています。
どんな攻撃を受けたのか、機体の残骸の中に、数名の乗員が装具ごとそのまま炭化しているではありませんか。
翼には、日の丸とはちがう、でも、酷似したデザインの旗印が描かれています。
「いったいどこの国と戦争したのですか・・・」
「そのことだが・・・」
ZAEMONは、そこまで言って口を閉じ、推し量るように僕を見つめています。
「・・・艇長・・」
徳治さんに促されて、ようやくのように口を開くZAEMONです。
「西暦2030年の東京を見せるのがいいだろうと私が提案したのは、ハヤト、君に、この惨状を君の眼で直接見てもらいたかったからだ・・・」                               
「・・・・・」
なぜこんなことになったのか、僕には、まったく想像できません。
「徳治さん、いいだろう、すべて話しなさい。いまのハヤトなら耐えられるだろう。西暦2030年の日本はどうなったのか、すべてを説明してやりなさい」
                               つづく


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