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高畠学 №60 [文化としての「環境日本学」]

グリーン・ニューデイール農業を培え 1

                                博報堂デイレクター  水口 哲

 有機農業の誕生
 一九七二年の暮れ、山形県高畠町農協の営農指導員だった遠藤周次さん(当時三二歳)は、職場に置いてあった「協同組合研究月報」に衝撃を受ける。「農薬は、死の農業への道である。これからは、農薬に頼らない農業、儲からないが損もしない農業を目指せ」と書いてあった。「眼から鱗がおちた」。農家に病人が増え、土が変わってきた理由が分かった。
 遠藤さんは六〇年代に町の農協に入って以来、近代化農業の先兵として、効き目の高い農薬や化学肥料を農家に普及していた。「農薬使用に公害意識は無く、近代化だと思っていた」と言う。
 「月報」発行人の一楽照雄氏に教えを請うべく、星寛治さんらと東京に向かった。一楽氏は、全国農協中央会の常務理事を経て(財)協同組合経営研究所理事長に就任し、七一年に日本有機農業研究会(農林中金ビル内)を設立していた。若い農民には雲の上の存在だった。が、若さと切迫感から突き進んでいった。
  七三年の六月に彼を町に呼ぶと、九月には、高島町有機農業研究会を四一名で発足させた。伝統的に青年団活動の盛んな地域でもあったので、その仲間たちが集まった。

 土づくりの力
 「彼らの存在が特異なのは、平均年齢二七歳というのが示すように、ものごころついてから、彼らは化学肥料と農薬を使った近代農業しか知らない人たちだということである。未知の農業、新しい農業を文字通り開始したのだった」(有吉佐和子『複合汚染』)。
 「初めは変わり者集団といわれ、モデルなしの手探りの実践を積んできた」(星寛治)。「化学肥料、農薬、除草剤などを使わずに、有機質肥料だけを施し、土づくりを基本とした」(同)。「三年目、空前の冷夏が襲ってきた。東北地方の冷害は決定的で、地域の作況は半作以下であった。そんな中で、ふしぎなことに有機農業に取組む会員の田んぼだけが、黄金色の稔りを見せた」(同)。
 八〇年から八四年まで五年続きの冷害でも、有機の田んぼは平年作を確保した。これらの経験は有機農業で育てた作物が、異常気象に強い抵抗力を持つことを実証した。
 しかし、理由が分からないままだった。そこで中林達治・京都大学教授(土壌生物学)に質問した。「良く肥えた土の一握りには、ミミズとか目に見える生物だちだけでなしに、
微生物が数億から十数億の単位で生息している。その生命活動のエネルギーが、温かい土の体温を生成する」との答えを得た。試行錯誤の実践が、科学的合理性をもっていたことを確信できた。一〇年の歳月が経っていた。

 協同経済を生む自給経済
 農村社会が本来持っていた「豊かな自給の回復をめざしての出発だったので、その産物 - 虫食いや不揃いの - を消費者に供給するという発想はまったくなかった」と星さんは言う。
 しかし、冷害を乗り越えた三年目の夏、首都圏で消費者運動を熱心に続けている若い主婦のリーダーの訪問を受けた。『複合汚染』以来、安全な食べものを求めて、本物の野菜や有機栽培米の共同購入を目差していた消費者たちだった。彼らとの「提携」という市場外流通が、七〇年代半ばから始まった。

 顔の見える 〝小さな食管制″
 食管制度の時代だったが、自主流通米の制度が打ち出されたばかりでもあった。その合法的なルートを経由して、「〝提携〟といういわば〝小さな食管制″を通して、都市と農村が結びついた」(同)。後に、フランスや米国の有機農家にも「Teikei」は広がった。
 「提携」は、「畑と食卓を結ぶ顔の見える関係づくり」でもあった。七〇年代は世界的に、顔の見えない単一品種・大量栽培のモノカルチャー化が進んだ時代でもあった。そのなかで、「多品種少量生産でも自立できる」(星)農業経営は一見、時代に逆行するものでもあった。
 有機米の「提携」はやがて、消費者が除草など生産活動に参加する形態を生んだ。自給経済が、協同経済を作り出し始めたともいえる。
 八〇年代に入ると、地域に根を張る活動に力を入れた。八六年には、農家組合員を倍増させる。また首都圏の消費者グループとの交流の拡大をきっかけに、スーパーや生協、米穀会社、造り酒屋、味噌醤油の醸造元などに販路が多様に広がっていった。
 さらに若手中堅の農民が機関車となって地域ぐるみの活動が活発になるにつれ、首都圏の大学のゼミが訪れるようになる。九二年に「まほろばの里農学校」が開校すると、様Zマナ夢や目標を抱いて町にやってくる人が全国から増えた。これがきっかけで高畠に移住する人は八○名を超えた。

『高畠学』 藤原書店


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