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はてしない気圏の夢をはらみ №26 [文化としての「環境日本学」]

山居秋瞑(さんきょしゅうめい)
  王経の心象風景

                               詩人・「地下水」同人  星 寛治

  ある日、
  ぼくの胸ふかく
  一つの蓮の実が
  千年の眠りを破って
  ポチッと小さな芽を切った

  唐の昔、王経がうたった
  山居の静ひつ、
  めぐる季節の息づかい、
  向うには
  わずかにひとの気配

  ここに生まれ、
  ひとつ所に住み、
  ぼくは迷いながら時を重ね
  幾つもの旅に出た

  銀河鉄道にのって屋をめぐり
  ときには飛天になって
  見知らぬくにを翔び、
  ふと、騾馬(らば)にゆられ
  黄土平原をよぎり、
  はては、海亀の背に腹這い
  南の島を望み、

  その度に
  ぼくの胸は躍り
  あるいは痛み、
  出合いの波にうちふるえた。
  ひととの出合い、
  風土や、歴史とのめぐり合い

  けれど、
  窓の外に流れるものは
  風景でしかなかった。
  都市の光の渦や
  せわしげな営みさえ
  一幅の絵に納ってしまう

  旅に疲れ、
  この山居に戻ってきて
  柔かい土を踏みしめると
  時代が音をたてて動くのに
  ぼくの呼吸はゆったりと
  別の時を刻みはじめる

  むらききの尾根を発ち
  葦や木の根を洗い
  いわばしる谷の水。
  両手ですくい
  喉をうるおすと
  胃腑をひたし、五体をめぐる
  天然の精気のようなもの。
  あたりは山の香気にみち、

  けれどいま、
  この澄んだ水さえ
  ひとのおごりを溶いている。
  酸性雨、
  放射能、
  そして、大気が運ぶ
  数え切れない人為の塵、
  もう無垢の聖地など
  どこにもないが、

  それでもぼくは
  胸ふかく芽を出した
  千年の蓮を育てつつ
  ひっそりと
  山の層に留まろう

  ゆっくりと時が流れ、
  そこから始まるぼくの旅は
  はてしない自己への旅。

『はてしない気圏の夢をはらみ』 世羅書房


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