SSブログ

はてしない気圏の夢をはらみ №25 [文化としての「環境日本学」]

 果樹園だより

                               詩人・「地下水」同人  星 寛治

  奥羽の屋根に
  わき立つ雲を染めて
  陽がのぼるとき、
  あたらしいゆきに包まれて
  里は夢のくにに変った

  山も、木も
  野も、畑も
  荒れた休耕田さえ
  白にめざめ
  はなやいでいる

  むらは無言だが
  ぼくは雪を踏みしめ
  ひとり果樹園に向った。
  すると樹々たちは
  白い盛装で迎えてくれる
  摘み残したりんご二つ、
  紅を溶いて
  元旦の朝にもえて、

  「幻の果実が戻ってきた」
  何年ぶりに
  ぼくがもらった玉杯に
  涙の粒が落ちた
  それは、
  流した汗の総量に
  造物主からの贈り物。
  
  ぼくを囲む樹々たちが
  その樹形に刻んでいる
  三十年の時の重さ。

  桑の古木を掘り起こし
  ふじの細い苗木を植え、
  五年たって初成り、
  十年たって成木に、
  その年、モニリヤ病で全滅、
  土づくりから再起。
  十五年かけて鈴成り、
  つづいて台風、
  冷害、豪雪、日照り、
  無農薬に挑戦。
  ふたたび壊滅、
  回復までに三年、
  来る年も、また
  病虫害とのせめぎ合い、
  あ然とする結果と
  わずかの歓びと
  はてしないくり返し。
    りんごに恋して三十年。
  ふろ、炭焼きの煙から生まれた
  天然の木酢液(エキス)が
  樹々たちの野性を醒まし
  地のみのりを結ばせたが。

  きらめく朝、ぼくは
  生きてきた果樹園の
  手さぐりの履歴書を胸に
  地球の鼓動を聞いている

『はてしない気圏の夢をはらみ』 世羅書房


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0