西洋百人一絵 №19 [文芸美術の森]
パルミジャニーノ「長い首のヴィーナス」
美術ジャーナリスト、美術史学会会員 斎藤陽一
長い間、ルネサンスに続く時代の絵画様式は「バロック」とされてきたが、近年では、この二つの間に「マニエリスム」という独特の表現様式があったことが学会の定説となっている。この時期を「晩期ルネサンス」などと言う研究者もいるが、いずれにしても、ルネサンスとバロックをつなぐ過渡期の様式である。
「マニエリスム」の語源は、“手法”や“形式”を意味するイタリア語「マニエラ」に由来し、当初は、レオナルドやミケランジェロ、ラファエロといった盛期ルネサンスの巨匠たちが確立した手法を形式的に真似するものとして、末期ルネサンスに現れた画風を非難する悪口として用いられた。
しかし、20世紀になって、従来、“形式主義”として否定されてきた「マニエリスム」絵画が、盛期ルネサンスに尊重された古典的調和への意識的反逆とか、宗教改革で揺れる時代の精神的不安の表現、より創造的な表現様式への模索、というような観点から、再評価されるようになった。ひとことで言えば、マニエリスムは「主観的な美意識」の表現と言うことも出来よう。
「マニエリスム」絵画の特徴としては、通常の比例を逸脱した人体の表現(しばしば極端な長身化、不自然なほどのねじれが行われる)、複雑で凝った構図、鮮烈だが冷たい色調、誇張された遠近法や短縮法、非合理的な空間表現、などがあげられる。
16世紀初めにイタリアのパルマで生まれた画家パルミジャニーノ(1503~1540)の作品「長い首の聖母」(1535年頃)には、上述した「マニエリスム」の特徴が顕著に現れている。フィレンツェのウフィッツイ美術館でこの絵に対面すると、異様な感覚に襲われる。
聖母マリアの身体は飴のように引き伸ばされいる上、立っているのか座っているのか分からない姿勢なので、何とも言えず、不安定である。その膝の上にいる幼子イエスは転げ落ちそうで、これも不安定感を増幅する。聖母の重苦しいほどの衣装も重力に逆らい、風もないのに翻っている。その周りには、意味不明の少年たち。ここは、室内なのか戸外なのか、それも判然としない。人物たちの背景は、極端な遠近法によって著しく小さく描かれている。謎めいた円柱には軒が描かれていない。何とも異様で不思議な絵だが、これが「マニエリスム」絵画の特徴なのである。
揺れ動く時代の不安と、ありきたりの絵画では物足りないとする洗練されすぎた貴族趣味が、盛期ルネサンスの後にこのような絵画を登場させたとも言えるのだが、同時に、次の「バロック」絵画を準備するものともなった。
(図像)パルミジャニーノ「長い首の聖母」(1535頃。ウフィッツイ美術館)
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