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西洋百人一絵 №16 [文芸美術の森]

マンテーニャ「死せるキリスト」

                      美術ジャーナリスト、美術史学会会員  斎藤陽一

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 ルネサンスの先頭を切って多くの芸術家を輩出した都市は、イタリア中部のフィレンツェだが、パドヴァで生まれ、ヴェネツィアやマントヴァといったイタリア北部の町で活躍した画家がアンドレーア・マンテーニャ(1431~1506)である。
  1506年、彼はマントヴァの領主ゴンザーガ家に招かれてその宮廷画家となり、以後、ここに腰を据えて多くの絵を描いた。とりわけゴンザーガ侯の居城の中の「カメラ・デリ・スポージ(結婚の間)」に描いた一連の壁画は有名で、ここには、ゴンザーガ侯一家の生活や宮廷の情景が描かれ、当時の宮廷の雰囲気を生き生きと伝えている。
 
 ミラノのブレラ美術館には、マンテーニャが1480年頃に描いた「死せるキリスト」と題する驚嘆すべき絵が展示されている。
 主題は、はりつけにされた後、十字架から降ろされて横たわるキリストを描いたものだが、失血死した青白いキリストの遺体を解剖学的正確さでリアルに表現して、当時類を見ない迫力ある絵となっている。磔にされた時にキリストの身体に打ち付けられた釘のあとも、両手と両足に生々しい傷痕として描かれている。
 とりわけこの絵の印象を強烈なものにしているのは、キリストの肉体を思い切った「短縮法」で描いているからである。「短縮法」というのは、「遠近法」とともに、ルネサンス期の芸術家たちによって研究され、確立した描法のひとつである。斜めに置かれた物体は、実際の長さよりも短く見える。このような、短く見える人体や物体を、カンバスなどの二次元平面に描くことを「短縮法」と言う。その短縮の度合いが強ければ強いほど、見る者に強いインパクトを与える。
  マンテーニャのこの作品は、その代表的なもので、当時、これほどの短縮法で描いた絵は登場していなかった。この絵は、どの角度から見ても、また遠ざかって見ても、キリストの遺体が迫ってくるような感じを与える。
  この絵の中で、胴体や脚の度合いに比べて、キリストの顔は大きく描かれているが、これは、死せるキリストの表情を強く印象づけるためであろう。キリストの身体を照らす黄昏の青白い光も、悲劇的な効果をもたらしている。
  マンテーニャの厳しい写実と科学的探究にもとづく描法、これもまた、ルネサンスの芸術精神を体現したものである。
                                                                               
 
  (図像)マンテーニャ「死せるキリスト」(1480年頃。ミラノ、ブレラ美術館)
 


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