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西洋百人一絵 №8 [文芸美術の森]

ピエロ・デラ・フランチェスカ「キリストの洗礼」

                    美術ジャーナリスト・美術史学会会員  斎藤陽一

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 ピエロ・デラ・フランチェスカ(1415/20~92)は、近年、日本でも大層ファンの多い画家となっている。私も、好きな画家のひとりである。
  彼は、15世紀後半のイタリアで活躍したが、むしろ20世紀になってから、その清澄で調和のとれた独特の絵画世界が“再発見”された画家であり、見る者を深い静けさで包み込む彼の絵は、「沈黙の絵画」などとも呼ばれる。
 画家が生まれたところが、イタリア中部の小都市ボルゴ・サンセポルクロだということは判っているが、その生涯についての記録はきわめて乏しく、残された作品も多くはない。
 私が取り上げたい彼の作品はいくつもあるが、今回は「キリストの洗礼」にしよう。 主題は、ヨルダン川でキリストが洗礼者ヨハネから洗礼を受ける場面である。ここから、キリストは伝道者としての第一歩を踏み出すのである。
  画面中央にはキリストと洗礼者ヨハネ、左側には3人の天使たち、右奥には小さく描かれたユダヤ教の祭司たち。その前でシャツを脱いで裸になろうとしているのは洗礼志願者であり、これは、“新しい宗教の誕生”を象徴する白く輝くキリストの裸身と、重苦しい衣装を身につけたユダヤ教の司祭たちという、新旧宗教の両者をつなぐ役割を果たしている。この構図には、そのような宗教的な意味が込められている。
  この絵の見事さは、全体が明確な幾何学的な秩序に従って構成されていることである。まず、キリストの身体を中心に、垂直に二等分されるというシンメトリックな構図が見られる。その上、左側の樹木、洗礼者ヨハネの身体の垂直線によって、三等分にもされてもいる。さらに、画面は、水平にも三等分されている。すなわち、キリストの頭上にいる鳩の広げた羽の線と、キリストのおへそあたりに想定されている地平線がつくる、二つの線によってである。
  また、この絵の上部を形作る半円形の中心は、鳩の頭にあり、これを中心として円周を描けば、その円の下端は、キリストのおへそあたりに想定された地平線に接している。確かに、この絵をじっと見ていると、きれいな円が浮かび上がってくる。
 文章に書くとややこしいが、言いたいのは、画家の幾何学的構図の巧みさである。それもそのはず、当時、ピエロ・デラ・フランチェスカは数学者としても知られており、本格的な数学・幾何学の著書を3冊も残しているのである。その理知的な造型精神が、これも彼の絵の特徴である人物たちの寡黙さとひそやかに響き合い、調和のとれた詩的宇宙を創り出している。それに加えて、ピエロ独特の色彩の繊細さも、現代の私たちを魅了してやまないものである。
(図像)ピエロ・デラ・フランチェスカ「キリストの洗礼」
                        (1450年代前半。ロンドン、ナショナルギャラリー)
    


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